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去年今年 2
初春の青空に、白地に黒々と「龍」の字が書かれた四角が飲み込まれていくーーせっかくの見事な和凧だから是非とも追いかけて拾い上げたいところだが、そんな男三人の悲痛な叫び声を追い風にするかのように気流に乗った「龍」の凧は、無情にもどんどん小さくなり点となって消えた。
文字通り風の向くまま気の向くまま飛んで、最期は目前に広がる果てしない海の上で力尽きるのだろう。
「マジかよ!結構高かったんだぞ!」
恒星が情けない声で叫ぶと、名も知らぬ寺の鐘が長閑に鳴った。
「和紙に竹に綿糸に炭……マイクロプラスチックにはならないからセーフだ」
風と風とがぶつかり合いながらなお突進して来るような海風に優美なカールを思うさま乱され、鼻の頭を赤くした玄英が自分を励ますように言った。
「玄英!だから紐の端に気をつけろって言ったのに!」
「うん!びっくりしたね!だって、あんな急にうまくいってどんどん揚がってくなんて思わなかったんだもの」
玄英はそれすらも面白がってあっけらかんと笑っている。つい数分前までは、恒星とダイは子どもの頃以来、玄英は初めての凧揚げを三人がかりでああでもないこうでもないと四苦八苦して、揚げる前に落として壊してしまうのではないかと心配してたくらいだったのに。
「ダイにも揚げさせてやりたかったのに」
気のいいダイはダウンの二枚重ねにマフラーぐるぐる巻きの厳重装備で震えながら「私はいいですよ」と笑った。
サッシが入っているだけ母屋より隙間風がマシという程度の、暖かい国生まれの人にはあまり親切ではない日本家屋に住み、厳冬期の戸外作業も辛抱強くこなしてくれているダイだが、プライベートでわざわざ寒さに晒されるのはまた別らしい。
「恒星が揚げたかったんでしょ?ごめんね」
「そうだよっ!」
素直に答えてダウンの襟とネックウォーマーの中に膨れっ面を埋める恒星を、玄英が分厚い手袋でぐしゃぐしゃに撫でた。
遊びのネタを失くしてしまうと、刺すような海風の冷たさが急に二倍ほど増したような気になり、三人とも震え上がる。
「またさっきのお店で同じの買ってこようよ。おじさんまだいるかもよ?」
全く懲りてない様子で玄英は屈託なく笑った。
「いや」
恒星は電線に止まる雀のように膨れて縮こまるダイをちらりと見た。
「戻って初詣行かなきゃいけないから。どっかで温かい物でも食って帰ろう」
身体が凍え、海の彼方に消えたあの凧のように思考が寒風と共に全て持っていかれそうな幻覚と独り闘っていたダイは、坊ちゃんの言葉にホロリと泣けてしまいそうなくらい安堵した。
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