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去年今年 3

 昔ーーと言っても恒星が物心ついてからの記憶だが、おそらく祖父の恒三がまだ若く先代が健在だった昭和の頃からずっと続いてきた(なら)いとしてーー青葉造園の大晦日は親方と住み込みの職人とが除夜の鐘を聞きながら飲み明かして年を越して翌朝早く、二日酔いの「ふ」の字も出さない涼しい顔で通いの職人らと合流し、揃って氏神様に詣でたものだ。  それも今は昔。プレもしくは前期後期の違いはあれど、職人のほとんどは仲良く高齢者の域となった。  内輪や同業者との集まりの時に必ず男二人がかりで引っ張り出される樹齢百年越えの欅の一枚板のテーブルーー今はこういう物を作れる材も職人も絶滅危惧種だというーーそのうえにいつもの蕎麦屋の年越しスペシャルバージョン、大型の重箱に数人前ずつ入れられた箱蕎麦と新年おもてなし用の昭和ヴィンテージ酒器、毎年律儀に顔を出してくれる専務の達と職人頭の敏。  恒星にとっては毎年少々のノスタルジーと一緒に繰り返されてきたお馴染みの光景だ。玄英はそれらがフォトジェニックだと言い、はしゃいで撮影していた。ダイも一緒になってスマホを手にしているーー故郷の家族にでも送るのだろうか。  つられてふと、この「いつもの光景」を残しておきたくなった恒星もスマホを取り出した。 「おい、お若い方々。せっかくの蕎麦が伸びちまうぜ」 「何が悲しくて飯前にパシャパシャ……インスタント映えだか何だか知らねえが……」 「まあまあ親方。坊ちゃんも今どきの若者だって事ですよ」  達と敏は相変わらずいい味を出して陽気に座を賑やかしてくれる。と思ったら、日付が変わったあたりから急に様子が怪しくなり、こっくりこっくりと船を漕ぎ出した相手を代わりばんこに突き合うと「後ぁ若いもん同士でゆっくり」と立ち上がった恒三に続いて床に就いてしまった。  毎年同じような事が、大小の手間暇と共に暦通り飽きもせず繰り返されることに、昔は何の疑問も抱かなかった。  何でもない退屈な日常の繰り返しの中で、人は少しずつ歳をとり世の中も変わってゆく。  今よりずっと賑やかで誰も彼もが元気一杯だった昔とは違うが、前年と同じ節目を今年も無事に迎えられたーーそれだけの事が初めて、こんなにも愛おしく感じられる。  それはそうといよいよ新年ーー恒星が練りに練った「玄英おもてなし大作戦・お正月編」の始まりだ。 「玄英。海に初日の出見に行くぞ」  一旦テーブルの上の器や酒類を片付ける事となり、あらかたになると恒星が言った。 「えっ、何それ?」  台所に食器と酒瓶を下げて戻ってきた玄英がほんのり紅くなった顔をほころばせた。 「小津映画に出てくるかどうか知らないけど、日本じゃ一年の初めに日の出を拝んだらいいことがあるってことになってる」 「太陽崇拝だね。ロマンがある!」 「ロマンはいいけど、海行くから寒いぞ?それにあんた、俺の代わりに相当飲まされてたからなー……バイクの後ろじゃなくて車にするか?」 「バイクでも平気だよ?」  飲んだと思しき量に比べたら、玄英の呂律も足取りも意外としっかりしている。  玄英は、職人達の言うところの「隠れザル」なのかもしれない。出会ってやらかした日以来、二人で飲むということはしていないため気づかなかったが……家系か人種か知らないが、遺伝子のお陰だろう。  基本、昭和ノリの職人達に知れてさらに飲まされそうなのも心配だが、相手が潰されて終わりだろう。後日の色々な数値がとんでもないことになり、揃いも揃って主治医に大目玉を食らってしょげるのが目に浮かぶようだ。  昔の「夜通し飲んで初詣」も今思うと、キモは「徹夜飲み明けなのにスッキリ早起きしてシャッキリ初詣してる粋なオレ」の方だと思うのでーー親友の堀田や異文化の若者ダイあたりに話したら「バブル世代乙」とか「意味わかりません」なんて切り捨てられそうだがーー飲んでいる段階で、お互いいかにも飲んでいる体でセーブしたりインターバルをおいたりと、絶妙な調整込みの賜だったのではないか。 「めっちゃ寒いぞ。着込めるだけ着込んで」 「お出かけですかい?」  台所でダイと一緒に洗い物をしていた清武が、戸口の玉暖簾の向こうから顔を出した。 「うん。初詣に間に合うよう昼過ぎには戻るよ」

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