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海と初詣 1

 普通の会社に比べて縁起を担ぐしきたりや決まり事の多い業界ではあるが、古参の職人が次々引退し現役が揃って歳を重ねていくようになると、主旨を損なわない範囲で「無理をしない」スタイルが主流になっていく。  徹夜明けの朝が午後の時間帯に変わっても、元日に職人総出で氏神様に初詣をする習慣は変わらない。  大晦日の夜、それでもいつもよりは遅い時間に「大人だけ起きててずるい」とぐずりながら清武に寝かしつけられていた幼い頃も、旧態依然として正論しか言わない大人の集団にどこか反感を覚えて一線を引いていた思春期の時も、大学進学とともに家を出て別な会社に入社した時もーー恒星は毎年、初詣にだけは参加している。  ちなみに仕事始めは七日、お得意先に飾った門松の回収処分作業から始まる。 「ダイの奴も連れてっちゃくれませんかね?」  皮肉の一つも言われるかと思っていたのだが、予想外の要望に恒星と玄英は顔を見合わせた。 「こいつ、同郷の友達と休みが合わないそうで三が日暇なんですよ。ずっと酔っ払いの年寄りの相手させんのも気の毒で」 「い、いいですよ。私は……友達ならその後で会えますし」  昭和式の顔の見えない、背を向けた流しの方角からダイが遠慮した。 「え、暇なんだろ?行こうぜ?」 「ダイ。僕らと一緒に出かけたくないの?」  玄英がこれまたストレートに聞いた。 「……ご、ご迷惑じゃなければ……」  ダイが玉暖簾の間から照れているのか酔っているのか、やはり赤い顔をのぞかせた。  青葉造園で学んだ事を生かし、ゆくゆくは故郷でガーデニング関連の事業をやりたいと夢見るダイにとって、無二の才能を持つ成功者でありながら気さくな玄英と、師匠の孫であり漢気溢れる恒星は憧れの二人である。  ダイが加わったので、三人乗りのトラックにありったけの防寒着を詰め込んで海に向かった。海岸に着いたが初日の出までにはまだまだ時間がありそうだった。車を停めた恒星は周囲情報を検索した。 「どっかで時間潰したいけどなぁ。日にち的にも時間的にもコンビニと神社仏閣くらいしか開いてなさそうだ」 「ラブホなら空いてるでしょ?」「馬鹿野郎」  玄英はルネサンス絵画から抜け出て来た天使のような笑みで、時々こういうしょうもない事を言う……どこでそういったムダ知識を仕入れて来るのかは知らないが、ダイもいるのだから少しはTPOってもんを考えて欲しい。 「真面目な話だよ。恒星ずっと起きてるし、仮眠くらい取った方がいいと思って」 「そうですよ」  玄英の真意はやや計りかねるところがあるが、ダイは真面目に恒星を気遣ってくれているようだ。 「仮眠とるなら車ん中でいいだろ。つか今、中途半端に寝たら余計に疲れそうだし……あ」  すぐそこに、名前は初めて聞くがそこそこ大きそうな寺があった。 「海の近くの寺か……そういや寺の初詣って行ってみたことないな」 「え?初詣ってお寺じゃないの?除夜の鐘は?」  玄英が不思議そうに聞いた。 「除夜の鐘はお寺だけど、うちは毎年、氏子になってる神社に行くんだ」 「ふうん?……あ、鐘の音」 「あれは初詣の鐘だな。参拝客に撞かせてくれのかもしれない」「わぁ、本当?」 「行ってみるか?」

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