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さて今年も残すところあと364日 3

「お風呂は先に入っててよ。僕達、後で一緒に入る」  玄英はあくびをすると恒星の短い髪に顔を埋め、抱き枕代わりに寝直そうとした。清武はイライラと目を剥いた。 「さも当然のように非常識なこと言わんでください。お休みなら客間を用意してあるでしょう」 「お客さま扱いじゃなくていいのに」  玄英は何とも淫猥な上目遣いでこちらを見た。ペルシャンだかロシアンだか何とかいう、高級猫が化け猫化したらこんな感じなのかもしれない。 「困ります。わきまえてください。第一、家のもんに見られて、変に思われたらどうする気ですか」 「三十にもなった大人の男の部屋をわざわざのぞきに来るなんて、清さんくらいだと思うけど?」  玄英は挑発するというよりは、威嚇する母猫のような視線を投げてきた。 「大人気ねえ……」  怒りや苛立ちを一通り通り越した清武は、ふっと冷静になった。 「あんただってそんな立派ななりして、外に出りゃあ立場や体裁もおありでしょうに……」 「恒星は、僕のそういうところも好きだって言ってくれてる」  子どもが拗ねるような口調でそう返ってきて、清武は短くため息をついた。 「今さら取り上げようなんてさらさら思っちゃいませんよ。元々俺のもんでもなかったし」 「……?」 「そんなに大事ですか?坊ちゃんの事が」  玄英は儚げな色の瞳に力を込めて頷いた。 「正直、俺はあんたのことが気に食わねえ。他の連中がどうだろうと、とんだ猫被りのエセ紳士野郎だと思ってる。たが、坊ちゃんが選びなすったのはあんたなんだーー不本意だが」  最後は半ば自分自身に言って聞かせるように清武は言った。 「だからせめて、坊ちゃんが幻滅するような真似だけはしないでもらいたい……ときに社長、あんた今おいくつですか」  玄英は怪訝そうに、静かに半身をもたげた。 「?……さんじゅうさん……」  清武は腕組みをしてしばらく考えていた。 「坊ちゃんより三つ上か……微妙な線だが煙草も吸わんし酒もつき合い程度……『隠れザル』なのは少々気になるが」  玄英の人並み外れた才能や仕事に対する姿勢には清武も敬意を払っている。性癖や多少の二面性に目をつぶれば、人間性もおおむね信頼できる。もしも坊ちゃんが『嬢ちゃん』であったなら、これ以上の良縁はないと青木造園一同、能天気に大喜びしていたに違いないのだ。  清武は長いため息をついた。 「遠山さん」 「?」 「あんた、今から死ぬ気で節制して養生する気はありますか?」 「セッセイしてヨウジョウ?」 「三つ若い坊ちゃんより、一日でも長く生きられますかって聞いてるんです」 「……清さん?」 「いや。坊ちゃんを一生愛するのなんのと、こっちがムズ痒くなるようなセリフをほざくなら、そのくらいの責任は取ってもらわんと。万一坊ちゃんが孤独死する羽目になったら、あの世で叩き斬りますんで」 「清さん!……もしかして、それって!」  清武の背中に叫びながら、玄英は思わずベッドの上に飛び起きて立ち上がった。その反動で恒星は派手な音を立てて転がり落ちた。 「痛たっ!バカ玄英っ!何すんだよ!」  慌ててベッドから飛び降りて平謝りする玄英。寝起きを怒らせると恒星は始末が悪い。玄英の胸ぐらを掴み、部屋から引きずり出しにかかる。 「ふざけんなよお前!俺の部屋出入り禁止だ!客間行け!」  玄英は長い手足を幼児のようにじたばたさせて抵抗した。 「ゴメンって言ってるのに!ご主人様酷い!」 「ご主人様って言うな!駄犬!」   「うるせえぞっ!お前ら!」  階下から恒三の雷が飛んだ。反射的にその場に固まる二人。 「新年早々喧嘩してんじゃねえ!」 「……」  「とっとと湯、使っちまってくださいよ。後がつかえてますんで」  清武はそう念押しすると今度こそ階下に降りた。  新たな一年の一日目が穏やかに暮れようとしていた。 了

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