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第1話

「おはよう」 「はよ」  スマホの画面から目を離さずに、同期の渡会 幸彦(ワタライ ユキヒコ)が適当に返事をするのを、いつものことだと気にせずに朝霧 帝(アサギリ ミカド)は自分の席の椅子を引き、腰かけた。  朝霧が大きめのリュックを降ろし、机の鍵を開け、パソコンを取り出していると、後ろから肩を掴まれた。 「ちょちょ、人差し指だけ貸して」  朝霧はため息をつくと、渡会に請われるまま彼のスマホ画面をタップした。 「おおっ、お、おおー」  渡会がガッツポーズするのを朝霧は冷めた瞳で見つめていた。 「やっぱ、物欲センサーってあるんだよな。俺が昨日5万課金してもでなかったレアキャラが一発だもんな」  たかがスマホゲームに5万。  朝霧は内心の驚きをいつもの無表情で覆い隠し、自分のパソコン画面の方に体をむけた。 「それにしても朝霧、相変わらず酷い顔色だな。また眠れてないのか? 」  スマホしか見ていないと思った男の意外な言葉に、朝霧は肩を竦めた。 「いつものことだ。しかしそんなに俺の顔色は酷いか? 」  渡会に背を向けたまま朝霧が尋ねる。 「目の下真っ黒になってるよ」  出勤前に鏡を見た時、自分でも同じことを思っただけに、朝霧はショックを隠しきれず、ため息をついた。  眼鏡をかけていても分かるとは相当なのだろう。 「目立つか? 」  渡会の方をむくと、彼は何度も頷いた。  渡会は月に10万以上課金する重度のスマホゲームオタクだが、細身のスーツをぱりっと着こなす姿からは、そんな趣味を一切伺い知ることはできない。  朝霧と渡会の勤めるIT関連の会社は、やるべき仕事さえきちんと納期までに間に合わせれば、服装や髪型には一切文句をつけない。  だから朝霧も一般的な会社員より、髪を明るく染めていた。  しかし服装は通勤電車で悪目立ちしたくないので、無難な紺のスーツだ。  ただ近所の量販店の安物で、渡会のスーツとは桁が一つも二つも違うような品だったけれど。

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