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第3話
しかし月曜日、朝霧の顔色が良い本当の理由はそうではない。
でもその理由を素直には認められなくて、周りにも知られたくはなくて、朝霧はこれから会う男のことを想い、無意識に自分の唇を噛んだ。
思ったより気が急いたせいか、本日やらなくてはいけない業務全て、18時には片付いた。
もう退勤しても時間的にも問題ない。
金曜日はいつもより仕事のペースが早いことを何となく自覚しているが、それを認めたくはなくて、朝霧は相変わらずの無表情で渡会に「お疲れ」とだけ告げると、さっさと退勤した。
朝霧はいつもの駅のトイレで眼鏡を外し着替えると、髪型も持っていたワックスで整えた。
駅の全身鏡に自分を映すと、先ほどまでとは全く違う男がそこにいた。
オーダーメイドの体にぴったりと合ったスーツはグレーに少し光沢のあるイタリア製の生地で、色白の朝霧に良く似合っていた。
長めの髪をサイドに流し、いつもは分厚い眼鏡に隠されている切れ長の瞳で、朝霧は鏡に向かって微笑んでみせた。
途端に、目の下の黒ずみが気になり、リュックからコンシーラーを取りだすと、それをたっぷりと隈に塗り付けた。
ようやく満足いく姿になったので、朝霧は再びリュックを背負った。
リュックの中には先ほどまで履いていたくたびれたスニーカーや着ていたスーツが入っていて結構な重さだ。
それでも毎週のことなので、朝霧はその重さにもすっかり慣れてしまった。
レザーの黒のリュックの肩ひものねじれを直しながら、朝霧は小走りで駅の改札を抜けた。
木製の看板には『やどり木』とこれまた木の棒みたいな素材で書かれていた。
朝霧はこの店に3年前から通っている。落ち着いた雰囲気のゲイバーだ。
以前はもっと都心に近いゲイバーに通っていたが、店の客層と自分の年齢が合わなくなり、この店に移った。
半地下の店のため、階段を降りて、木の扉に手をかける。
階段を降りる前に置いてあった看板と同じ看板を一瞥し、朝霧が扉を開けると、オレンジ色の照明で温かみの感じられる店内を一望することができた。
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