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第13話
そのため『抱いてくれ』と頼まれても、朝霧は断ることはあまりなかった。
相手の気持ちを傷つけたくなかったし、自分も誰かと温もりを分け合いたい夜は確かにあった。
それでも抱いた相手と真面目に付き合うことはできなかったし、どうしても勃たない時もあり、そろそろ抱く側としても限界かもしれないと朝霧は考え始めていた。
そうなったら1人で侘しく、生きていくしかないな。
そんな想いを抱きながら、『やどり木』の扉を開けた途端、中の喧騒に思わず朝霧は顔を顰めた。
甲高い男女の笑い声が響く。
朝霧は戸惑いながらも、いつものカウンターの席に腰かけた。
「騒々しくてごめんなさいねぇ」
マスターが小さく頭を下げる。
「今日は一体どうしたんだ」
目の前にだされたギムレットを口に運びながら、朝霧は眉間の皺を深めた。
「あの緑のパーカーの子がずっと希望してた美容室に内定もらえたらしくて、そのお祝いなのよ。だから通常は女性は入店禁止だけど、今日は特別」
そう言われてみれば、緑のパーカーに緑の髪をした20代の青年が仲間たちと何度も乾杯して、何やら叫んでいる。
とんでもない日に来てしまったと、朝霧はため息をついた。
「俺ならあんな常識のない髪型の人間に髪を切ってもらいたくはないけどね」
朝霧の呟きは大勢の笑い声でかき消された。
「ああ、もう今日は全員俺のおごり。好きなの頼んで」
ふいに通る声が聞こえ、ヒューと囃し立てる声が聞こえた。
肩に重みを感じ、顔をそちらに向けると、黒髪のパーマの男がこちらを見て笑っていた。
目がくりっと大きく、笑うと八重歯が覗く。
肩にまわされた掌は熱く、近くにある胸板は分厚かった。
朝霧は男をじっくりと眺めていたことに気付いて、慌てて視線を逸らせた。
男の見た目は、朝霧の理想そのものだった。
「お兄さん、飲んでる? 」
無理やり乾杯してこようとするので、朝霧はすっとグラスをずらした。
「つれないね。俺、夏川良平って言うんだ。リョウって呼んでよ」
「必要ないだろ」
朝霧はこんな馴れ馴れしい奴を一瞬でもタイプと思ってしまった自分を恥じた。
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