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第16話

「お前はそうやってちやほやされて、自分を取り合いしているところを見るのが好きなんだろ? 」 「はあ?! 俺がモテるからって僻んでんじゃねえよ、おっさん」 「その言葉使い、何とかしろ。ただでさえ馬鹿なのが、余計に馬鹿に見えるぞ」 「なんだとっ」  言い争っているうちに、朝霧と夏川は競うように杯を空け、2人してしたたかに酔っ払ってしまった。 「もう閉店なんだけど」 「えっ。もうそんな時間? 」  マスターと夏川のやりとりに慌てて朝霧が腕時計を見ると、深夜の1時を過ぎていた。 「マスター、勘定」 「あらやだ。リョウがあなたの分も払っていったわよ」  朝霧が扉の方を見ると、夏川の背中が見えた。 「待てっ」  慌てて朝霧は夏川を追いかけた。  雨は既に止んでいたが、路上はじっとりと湿っていた。  人の姿も全く見えない深夜の歩道で、朝霧は夏川の肩を掴んだ。 「会計いくらだった? 」 「いいよ、別に」 「良くない。お前に借りは作りたくない」  朝霧の手を振り払い、大きなため息を夏川がつく。 「本当にもう最悪。久々、仕事早めに片付いたし、美味しい酒でも飲んで、誰かと一発ヤレたら最高って思ってたのに」 「下品なもの言いをするな」 「仕方ないでしょ。俺、性欲強いんだもん」  あまりにあけすけな発言に朝霧は口をパクパクとさせた。  夏川は前髪がうっとうしいのか、長めの髪の毛をかきあげた。  そうして夏川は口元に笑みを浮かべて、朝霧を見つめた。 「ねえ、朝霧さんさ。俺と寝てみない? 」  突然の誘いに、朝霧は心臓が止まりそうな想いだった。 「俺にお前を抱けって言うのか? 」  夏川が吹きだす。 「まさか逆だよ。逆。俺があんたを抱くの」 「お前、俺が抱けるのか? 俺はさっきの男達と違って可愛くはないぞ」  視線を逸らせた朝霧の頬に夏川がそっと触れる。 「抱けるよ。決まってるじゃない」  朝霧は呆けたように夏川を見つめた。 「こんな細い腰、男に抱かれるためにあるようなものだよ」  夏川が朝霧を自分の両腕の中に閉じこめる。  2人の唇がゆっくりと重なった。

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