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新婚さん?

 ガチャガチャと面倒くさそうに玄関の鍵のを開ける音がした。 「おい、遼一起きろ……………って、起きてるのか……なんだその新婚さんみたいな甘ったるい距離感は?」  たまーに部屋を片付けてくれる博美さんは、朝が弱い俺を起こしに来てくれる。  多分、この人いなかったら俺の生活破綻してる自信があるな。     博美さんは、俺が寝てるもんだから合鍵を使って入ってくる。  玄関を開けるとダイニングキッチンがすぐ丸見えになるこの間取り。瑞希を抱きしめてつむじの匂いをかいでるところをバッチリ見られてしまった。  隠す気もなかったんだけどね。もうじきお互い別々の仕事行かなきゃならないんだから、それまでくっついていてもいいじゃないか。 「え、と、おはようございます?」  瑞希はいきなりの不法侵入者に驚きつつも、丁寧に朝の挨拶をしている。なんで俺の胸元からどかないの?って、俺が瑞希をしっかり腕の中に閉じ込めてるから動けないのか。  惜しいけれど腕を離して兄貴分のような存在の博美さんに挨拶する。  「おはようございます。今日はちゃんと起きてましたよ。瑞希、こちら博美さんと言って、俺の事毎朝起こして仕事に引き摺っていってくれる優しい兄貴みたいな存在の人だよ」 「博美さん…初めまして。瑞希と言います。遼一とは高校の同級生で…あの、ご飯3人分くらいはあるので一緒にどうですか?」 「朝はそんな食えないからいい。遼一用意しろ」 「待ってて、食べるから」  博美さんはソファーに座って、腕組みして目を瞑って待ってくれるようだ。自分も寝起き悪いのに、起こして連れてかなきゃ、拾ってくれた俺の親父に悪い気がするらしい。律儀な人だ。  いつも通りに支度し仕事モードに切り替える。お世辞にも趣味が良いとはいえない派手めなスーツ。黒いサングラスも忘れず、髪はオールバック。はぁ、ダサいなこの格好。  喋るとボロが出やすいから、まず見た目で怖そうに誤魔化して、最低限喋るなってさ。喋りだすとヤのつくご職業の人間には見えないらしいよ俺。  ほんとに疲れる。家業だから継がなきゃならないのは分かってはいたことだけどね。この家業は…好きじゃない。なら何が好きなんだって聞かれたら悩むんだろうな。俺は本当自分がないから。家業を継ぐからってなんでも諦めることしかしてこなかったから。 「行ってくるね、瑞希も仕事終わったら真っ直ぐうちに帰っておいで」 「うん、分かった。……ひゃぁっ」  声をかけて出掛けにまた軽くおでこにキスをしてから家を出た。『新婚さん』というさっき裕二さんに言われた言葉が頭を過る。  新婚さん。瑞希と新婚さんか。  あり得ない言葉。妄想でしか許されない世界を楽しむくらい、バチは当たらない。  

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