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魚の骨

 瑞希と玄関で別れ、博美さんの運転する黒のシビックの助手席に乗り込む。  普通に考えてみれば、瑞希には見張りもつけてないんだから、会社から真っ直ぐ逃げるって手もあると思うんだ。そんなバカはたくさん見てきた。   瑞希とは、高校以来で今はまだ短い付き合いだけど、ここに帰ってくるんだろうな…。なんとなく、瑞希の性格からすると逃げるとか微塵も考えてなさそうだ。 「遼一。さっきのが島野瑞希なんだろ?借金背負った長男。あの見た目だからゲイ向けソープに早く連れてきゃいいのに何ダラダラしてんだ?」 「瑞希は、俺の高校の同級生でさ、今まで誰とも付き合ったことなくて、性的触れ合いも経験ないみたいだから今指導してるんだ」 「ふん。そんなん店に連れてって誰か若いのに掘らしちまえばいいのに。あれか。あの瑞希ってのがお前にとっての喉に引っかかって取れない魚の骨か?」 「なんのこと?」 「お前酔っ払った時に言ってたぞ。忘れられない奴がいる。喉に引っかかってとれない魚の骨みたいになかなか取れないんだ。骨と違って飯で飲み込むことも出来ない……って独り言みたいさ」  「俺そんなこと言ってたのか?!」 「覚えてないのか。こないだ組の連中と飲んでその後俺たちだけ二人で次の店行って呑飲んだろ。その時に独り言みたいに語り始めたんだよ。あいつだけが眩しかったって。お前とは長い付き合いだけど、そんな話してくるのは初めてだから面白かったぜ」  確かに、組の連中と飲みに行った。  博美さんは誰が相手だろうと敬語で話し、自分の本心を見せない。そう決めたのは自分だけれど、まだ慣れないんだと言って、大概一次会しか参加せず、二次会は俺と二人で素の口調で話してくれる。  博美さんと二人だからと俺も気が緩んだのかもしれない。 「踏ん切りつかないなら俺が店に連れてこうか?守備範囲だからできるよ。一回ヤッちゃえばどうにかなるんじゃないか?」 「その一回って…ダメだよ、博美さんなんかに任せたら俺の同級生どんなにされるか分かんないじゃん」     この人は見た目温厚そうなドSだ。今まで気に入った相手はボロボロになっていったり、この人なしじゃいられない依存性のようになっていったらしい。  自慢げに話すわけでもなく、淡々と語られて、俺この人の好みじゃなくて良かったな…と思った記憶がある。 「睨むなよ、冗談だろ」 「あんたが言うと冗談に聞こえないんだよ。とにかく瑞希に手は出さないでくれ。俺がどうにかするから」   どうにかって。自分でもハッキリとは先が見えてないのによく言ったもんだ。

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