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第3話
『今下に着いたとこ』
ピコンと鳴った通知に、千里は自分でも笑ってしまうほど反応した。誰が見ているわけでもないが誤魔化すように咳払いをする。
そわそわとベッドに座りドアを見つめた。早く体温を感じたいと願ってしまっている。完全に飼い慣らされたな、などと思っているうちに解錠の音がして、サクヤが現れた。
「やっほ~こんばんはちさとくん」
今日のサクヤは鬱屈としていない。てっきりまたすぐに抱きつかれるかと思った千里は少し残念に感じて、その思考に自分で引いた。
「こ、こんばんは」
「あれぇ、元気ないね」
「……そう見えますか」
上着を脱ぎサクヤがベッドの端に腰掛ける。心無しか距離が遠い気がするのは千里の思い過ごしだろうか。自分から寄っていくのも負けたようでその場から動けない。早く触れてほしいのに。
「どしたの? クマちゃん好みじゃなかった?」
「ぬいぐるみは特に関係ないです」
「ふーん、でもなんか不満そうだよ」
「……それは……その」
「ん?」
サクヤがにこにこしながら首をかしげた。おそらく千里の心理を分かっている。まさか今日は千里から求めるまで触れないつもりか。
「ちゃんと言ってごらんちさとくん」
「……っ」
「恥ずかしがり屋だなぁ、ほら」
ぱっとサクヤが両腕を広げる。ぐらりときたがなんとか耐えた。意味のない意地だとは分かっているが心までそう易々と籠絡されたくない。
「ねぇちさとくん」
「は……はい」
「俺が来ない間に自分でした?」
「し……、一度、だけ、抜きました……」
「え、一週間あったのに? ほんとに性欲ないんだねぇ」
「……」
「おしりは?」
「触ってないです……」
「まったく?」
「だ、だめでしたか」
「いやダメではないけど。あんなによさそうにしてたから自分で弄っちゃうかなって思ってた」
「だ……だってやっぱり、こわいですし」
「へえ、どんな風に」
「どんなって、なんて言えば……落ちそうというかバラバラになりそうというか。すごく切ないしただでさえ寂しいのにそんな感覚」
はっと失言に気づく。久しぶりの会話で饒舌になってしまった。恐る恐る顔を上げるとサクヤがにんまりと笑っていた。
「ふぅん?」
「っ……!」
「へぇ~やっぱり寂しかったんじゃない。意地張ってないでこっちおいでよ」
輝く笑顔でサクヤは喜んでいる。ハグ待ちの姿勢を見つめ、千里は欲望に負けておずおずとサクヤに近づいた。彼が動かないので観念して胴に腕を回すと、優しい体温が返ってきた。
「長く空けちゃってごめんねぇちさとくん」
「……っ、べ、別に謝ることでも」
これはストックホルム症候群というやつであって自分に落ち度はないと言い聞かせる。サクヤの温もりが心地良い。断じて彼に好意を抱いてしまったわけではないのだ。優しく頭を撫でる手が落ち着く。
「かわいいなぁ」
「うぅ……」
サクヤはしばらく千里を抱きしめたあと、ゆっくりと千里を寝かせた。柔らかく微笑んで額にキスされ、その扱いに顔が熱くなる。サクヤは一度立ち上がると例の引き出しを開けた。
「今日は何しようかな」
「……」
「あ、そういえばちさとくん、前回中イキしかけてたよね。じゃあこれにしようか」
サクヤが上機嫌で持ち上げたのは、手のひらサイズの不思議な物体だった。白くてうねうねしている。
「なん、ですか」
「知らない? エネマグラ」
聞いたことがあるような気もする。ぴんと来ていない千里を嬉しそうに眺めてサクヤが戻ってきた。
「今日はメスイキの練習しようね」
「メ……」
「射精しないでイくんだよ。ドライとか言うけど俺はメスイキのほうが好きかなぁ。雌ペットちゃんにぴったり」
「そんなのできるんですか……」
「できるできる、ちさとくん感度良いし素質たっぷりだからきっとすぐイけるよ」
彼のプレイを受け入れてしまっているのはさておき、この小さな器具をどう使うのだろう。戸惑いを隠さずにいるとサクヤはいつもの愛撫を飛ばして千里の脚を開かせた。
「あ、んっ」
素直に後孔を解され、焦らしもそこそこにエネマグラを挿入する。玩具プレイとはもうちょっと変態チックになるものではないのか。圧迫感はあるが指とそう変わらない感覚だ。
「あの……」
「うん。気にしないで、リラックスしてごらん」
サクヤが千里の髪を梳いたりキスをしたりして軽い愛撫をはじめた。久しぶりのそれに感じ入ってされるがままになる。どうしてこの男の触れ方はこんなに気持ちいいのだろうか。
「ん」
次第にキスが深いものになっていく。舌を絡ませ、そこに乳首への刺激が加わる。確実に敏感になってきた先端にひくりと反応して、千里は違和感に気づいた。
「……ッ?」
快感に窄まった後孔がエネマグラを締めつける。するとその動きで挿入された部分が中に食いこんで、その位置は前立腺にちょうど当たった。外側の突起も連動して会陰を押す。その感覚にまた腸内が締まって、同じことが繰り返される。
「……!」
「ふふ、気持ちよくなってきた?」
乳首の刺激が腰を重たくする。そうして中が締まり、エネマグラが前立腺をノックする。甘い痺れが背筋に走って、体が跳ねるからまたエネマグラが食いこんで、勝手に快感が増幅していく。
「っ、あ、ぇ」
刺激から逃れようと意識するほどエネマグラを締めつけてしまう。的確に前立腺を穿つ器具がどんどん千里を追い詰め混乱させた。
「ひっ、ぁ、なに」
「かわいい顔」
「まって、ぅあ、これ、だめ」
「ダメじゃないよ、その調子」
サクヤの囁きが耳をくすぐり、また引き金になる。少しでも身じろぎたくなくて息を浅くするが逆効果だと気づいたころにはもう手遅れだ。
「あ、ぁ、ァッ♡」
千里はたまらず仰け反った。墓穴を掘ったと理解はするが体が言うことを聞かない。前立腺がこれまでになくいじめられている。
「あぁ♡ ぃや、まって、とめて♡」
「とめなーい」
「むり、むりです♡ これだめ♡ ヒッ♡」
動かないよう努め、我慢できず跳ね、更なる快感を呼ぶ。サクヤはもう愛撫をやめて楽しそうに千里を眺めている。
「やだぁ♡ サクヤさ、たすけてぇ♡」
「もうちょっとだよ、頑張って」
「んぁ♡ あ~っ♡ つよいの、だめぇ♡」
びくびくと跳ねる千里の手を握ってサクヤが興奮した表情になる。開いたままの口から唾液が垂れる。思考はほとんど働いていなかった。気持ちいい。快楽が強すぎる。どうにも逃げ場がない。許容量を無視して全身が昂っていく。
「サク、ヤさ、あぁ♡」
「さあイけるかなちさとくん」
「やだ、こわい、や、ぁう♡」
「じゃあずっと手握っててあげる」
サクヤの手を握りしめて乱れる。腹の奥が切なくてたまらない。一度も性器に触れていないのにぞわぞわと絶頂の波が押し寄せて、千里は脳裏を真っ白にした。
「あ、ッ、ぅ……♡」
「あら、出ちゃった」
サクヤが少し残念そうに呟いた。勢いなくぴゅく、と白濁が散る。だがそれで終わりではない。未だエネマグラはぐりぐりと刺激を与え続けていて、絶頂しながらさらに快感をねじ込まれた千里はまともな息もできず腰をくねらせた。
「とっ、てッ♡ しぬ、しんじゃう♡」
「大丈夫、このままチャレンジしようね」
「むり、ッ♡ あ、ぁぁ♡」
バチバチと視界が明滅する。苦しくて気持ちいい。ずくり、と腸内が重く疼いた。なにか得体の知れない感覚が押し寄せて千里の目から涙が溢れた。こわい、おかしくなりそうだ。
「サクヤさ、サク、ッ♡」
「イけそう?」
「は、ぅあ、あ、ぁッ♡」
腹の奥がきゅう、として、力の限りサクヤに縋る。ぷつりと何かの糸が切れた気がした。
「ッ♡ あ゛、ッ、あ~~~ッ♡」
ひときわ大きく身体が跳ねた。射精はしていない。達する直前のような感覚がずっと続いている。下半身だけではない、全身が快楽に満たされて、くらくらと視界が回った。
サクヤがなにか囁いてようやくエネマグラを抜き取った。晴れて責めから解放された身体はすっかり脱力して身じろぎすら億劫だ。だらしなく涙と唾液で汚れた顔でぼんやり天井を眺めた。今の千里に人並みの知能はないに違いない。
「……ぁ、……っ」
「ちゃんとメスイキできたねぇ、えらいえらい」
「……ッ♡」
頭を撫でられただけでも障る。髪の毛の先まで性感帯になってしまったみたいだ。
サクヤに顔を拭われるまで千里は絶頂の余韻に浸っていた。
「気持ちよかったね?」
「……は……ぃ」
「じゃあ次は俺と気持ちよくなろうね」
「んぇ」
股間に当てられたサクヤの性器に僅かに思考を取り戻す。いつの間にか準備は万端だ。
「……え、待って、今は、」
「うん?」
「無理、むりです、これ以上は」
「俺のでもメスイキできるかな」
にこりとサクヤが笑う。抵抗も満足にできず、千里はサクヤの侵入に仰け反った。
「あ゛ぁ~~~ッ♡」
たいして解していないのでいつもよりきつい。みちみちと腸内を押し広げられるのが、苦しいというより今は気持ちいい。エネマグラの食いこんでいた箇所を通過してサクヤが奥を突く。切なくて仕方なかった位置を満たされて千里は幸福感を感じてしまった。
「ッ♡ あぁ♡ あっ♡」
「……は、ナカすごいよちさとくん」
「いまっ♡ だめ♡ さくやさ♡」
とんとんと打ち付けられる質量に全身が悦ぶ。わけが分からなくなってサクヤにしがみつくと耳元で吐息混じりの笑い声が聞こえた。
「さくやさん♡ さくやさんっ♡」
「なあに、ちさとくん」
「きもちい♡ こわい♡」
「そっか」
「あッ♡ おく、うッ♡」
「はは、もっと声聞かせて」
「あ♡ あぁ♡ あッ♡」
熱い、身体の中が溶けそうに熱い。一突きごとに頭が真っ白になって、たまらなく気持ちがいい。サクヤは少し息を浅くしながら必死に縋る千里を撫でてくれた。
「さ、くや、さん♡ くる、またッ♡」
「イくの?」
「こわ、こわい♡ さくやさんっ♡」
「怖がりだねぇ、かわいい」
律動が激しくなり、千里はサクヤの肩に頭を埋めて耐えた。なにかに掴まっていなければ本当にバラバラになってしまいそうだ。
「ッ♡ う、んぁ♡ あ~~~っ! ♡」
サクヤの性器を締めつけて腸壁が収縮を繰り返す。背中から脳天まで絶頂が駆け抜け、息も出来ずに再び達した。
「っ、ん」
さすがのサクヤも小さく喘いで動きを止めた。千里の中でどくどくと熱が脈打っている。ずる、と抜かれた感覚だけで跳ねると、サクヤは笑って千里にキスをした。こんなに多幸感を感じたことが今までにあっただろうか。
「は……かわいい顔」
「……っ♡ ぅ、あ……♡」
身体が限界を訴えている。サクヤの後戯がどうしようもなく眠気を誘った。まだ意識を手放したくないのに。目覚めたらいないなんて、また寂しくなってしまう。
「サクヤ……さん……」
「うん?」
行かないで、とは、まだ千里は言えなかった。せめてもとサクヤの手に擦り寄って千里は微睡みに落ちた。
*
がばりと起き上がる。夜明け前の部屋は無音だ。ここには千里しかいない。
「……っ」
千里は寂しくて堪らなくなって、年甲斐もなく視界を潤ませた。
紛らわそうとぬいぐるみを抱きしめる。でもこれは千里を抱き返してはくれなかった。
「サクヤさん……」
監禁とはこんなに精神を病むものなんだなとどこか客観的に考えた。全てから隔離されて、千里に触れてくれるのはサクヤだけ。依存しないわけがない。暴力を受けていたなら一人の時間に安堵しただろう。でも彼が与えるのは甘い囁きと優しい温もり、蕩かすような快楽だ。どんどん千里は絆されていく。
千里はぬいぐるみだけでは足りなくて、枕やら布団やらを掻き集めてくるまった。どうにかこの心を落ち着かせなくては。
「そうだ、スマホ……」
はっと気づいて布団ごとテーブルに向かう。
新しい通知は来ていなかった。
「……、早く……会いたい……」
もう自分の言動にツッコミすら入れられなかった。
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