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好きだから、アナタのために14

***  閉店作業をいつもどおりにおこなう智之さんの気配を感じつつ、店内の拭き掃除をテキパキする。  奥のテーブルの上を拭き終わって振り返ると、カウンターから智之さんが出てきて、僕に意味深な視線を注いだ。 「聖哉……」  妙な雰囲気を肌に感じ、持っている布巾をぎゅっと握りしめる。智之さんはカウンター席に腰かけ、首を垂れて俯いた。 「智之さん?」  近づいて来ないことを不思議に思い、彼の名を呼んだのに、俯いたまま暗い声で語り出す。 「あのさ、聖哉。昇さんの店で働く理由は、珍しいピアノを弾くことができるからか?」 「そうですね、滅多にお目にかかることのできない逸品ですし」  すぐに答えた僕に、智之さんはゆっくり顔をあげて口を開く。 「他には?」 「他って――」 「おまえ、普段はほとんどミスることがないのに、今日はなんかおかしかったよな」 「それは、ちょっとだけ疲れが出てしまったのかも」 (――本当は智之さんに見惚れていたなんて、恥ずかしくて絶対に言えない) 「さっきも言ったが、無理してここに通って疲れをためることを、聖哉にしてほしくないんだ」 「僕が藤田さんのお店で働く理由は、ピアノだけじゃなくて」 「……ここよりも時給が良さそうだよな」  智之さんに事実を告げられたため、隠していることを言わなければならなくなった。 「あのね僕、智之さんの力になりたいんです」 「力って?」 「ここのお店を維持するためのお金……智之さんの家で、銀行の返済計画書を偶然見てしまったんです」 「そうか」 「正直なところ、平日はお客様が少ないじゃないですか。週末でなんとか盛り返してる感じでやってますよね?」  テーブルに布巾を置き、智之さんに視線を投げかけながら質問をした。 「まぁな。でもギリギリというほどでもない」 「借金の返済額を知ってしまった以上、僕もこのお店を支えたいって思ったんです」 「おまえの弾くピアノで、充分に支えてもらってる」 「でも僕は――つっ!」  首を横に振って、もっと智之さんの力になりたいと言いかけたのに、僕の視線に留まった不機嫌な顔が、言いかけたセリフを見事に奪った。 「金を使って、俺をつなぎとめようとしてるのなら、やめてくれないか」 「えっ?」 「この店は、俺が丹精込めて経営してる店だ。赤の他人に、施しを受けるつもりはない」 (確かに僕は赤の他人。これ以上、首を突っ込まないほうがいいことは、わかっているけれど) 「好きな人が苦労しているのを知ってるのに、見て見ぬふりなんてボクにはできない!」 「聖哉には、ピアノでよくしてもらってる。だから金銭的な施しは、必要ないんだって!」  苛立ちを含んだ、お店に響き渡る大きな声――智之さんの怒号が、ボクの胸に深く突き刺さった。 「僕からピアノをとったら、なにも残らない。ピアノを弾くしかできない僕は、智之さんにとって、お荷物になっちゃうのかな」 「なに言ってるんだ、そこまで卑下してないだろ」 「すみません、帰ります……」  テーブルに置いた布巾を手に取り、急ぎ足でカウンターに向かう。 「聖哉、ちょっと待て」  台所に向かいかけた僕の肩に智之さんの手が置かれたものの、上半身を使ってそれを振り払い、持っていた布巾を乱雑にキッチンに投げた。 「智之さん、さよなら」  振り返らずに、そのまま店を出る。このやり取りのせいで、しばらく店に顔を出すことができなくなってしまったのだった。

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