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好きだから、アナタのために19

 今日はクリスマスイブ。街灯のイルミネーションがキラキラ瞬き、目にとても眩しく映った。 「智之さんのお店もきっと、恋人同士のお客様が溢れているのかな」  レストランに向かう道すがら、そんなことを呟いてしまった。智之さんのお店の借金を僕が知らなかったなら、以前と同じようにバーでピアノを弾き、閉店後は仲良くイブを過ごしていたに違いない。 (ダメだ、こんな暗い気分のままレストランでピアノを弾いたりしたら、音に濁りが出てしまって、せっかくのイブを台無しにしてしまう)  頭を振って、余計な気持ちを無理やり追い出す。レストランに到着してから『クリスマスソングのリクエスト承ります♪』という文字を書いたプレートを、グランドピアノの目立つところに置いた。  こうしてみずからテンションをあげつつ、お客様を向かい入れるまでに、さらっと指慣らしをして、どんなリクエストにも応えるぞという気持ちを高めた。  午後6時、予約のお客様がぞくぞくとレストランに入店する。ウエルカムの意味を込めて、明るいクリスマスソングを奏でて、僕なりにお出迎えした。  家族連れのお客様に恋人同士、友達同士など今夜も満員御礼だった。 (う~ん。家族連れのお子様が知ってる、クリスマスソングを弾いてあげたいな。小学生くらいなら、定番の曲を知ってるだろう)  そんなことを考えながら、弾いてる曲をうまいこと転調させて、誰もが知っているであろうクリスマスソングを奏でた。  大好きな智之さんにも聞いてほしかったと、ちゃっかり思ってしまったのは、やっぱりずっと顔を突き合わせていないせい。僕が怒ってスマホを切ってしまってから、どうにもバツが悪くて、連絡できずじまいだった。  明るいクリスマスソングを弾いているのに、なんとなく気分が盛りあがることができずにいた、そのとき――。 「あの、すみません」  ハリのある低音に導かれて横を見たら、ハッとするようなイケメンが、どこか済まなそうな表情で立ち尽くしていた。弾いてる曲をそのままに、笑顔で「なんでしょうか?」と訊ねてみる。もしかしてリクエストされるかもしれないと、少しだけ緊張してしまった。 「ここにいる友人のために、私が一曲ピアノを弾きたいのですが、可能でしょうか?」 「どうぞ。遠慮せずに、お友達のためにお弾きください」  奏でているピアノをフェードアウトさせて、椅子から立ち上がった。するとイケメンの影に隠れて立っている、小柄な男性と目が合う。その男性は大きな瞳に喜びを表すように細め、小声で「ありがとうございます!」と述べながら、ぺこぺこ頭を何度も下げた。 「ごゆっくりどうぞ!」  そう言ってその場を離れたら、仲が良さそうに顔を寄せたふたりは鍵盤を見ながら、会話に花を咲かせる。 (お友達のために弾く曲を、ふたりで決めているのかな。この場に智之さんがいたら、ああやって顔を突き合わせて、クリスマスソングについて、いろいろ話ができそうなのに……)  レストランの出入り口で突っ立ったまま、仲のいいふたりに自分たちの姿を重ねてしまった。  話が終わったのか、イケメンは姿勢よく椅子に腰かけ、鍵盤を撫でるようにピアノを弾きはじめたのだが。 (クリスマスソングじゃなく、仔犬のワルツということは、それに近いものを弾くから、指慣らしでピアノを弾いてるのかな?)  所々引っ掛かる箇所はあれど、奏でる音に艶があり、それと一緒にダイナミックさを醸し出す弾き方をするため、自然と人目を惹いた。しかもピアノを弾いているのが絶世のイケメンなので、カップルで来ているというのに、女性客がウットリして聞き入る始末。  あとからケンカにならなきゃいいなと心配していると、イケメンは突然クラシックを弾くのをやめて、一昔前に流行ったj-popのクリスマスソングを奏でる。原曲の軽快さはなく、高音から低音を流れるように弾きこなすアレンジが加えられているおかげで、クリスマスのワクワク感を表現しているように聞こえた。  きっとこの演奏なら、友人のためのいいプレゼントになるだろうなと思いつつ、この素晴らしい演奏のあとにピアノを弾くのは無理だと察し、レストランから脱出する。時間的にもお客様がお帰りになる頃合いなので、下のレジで待機することにした。

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