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好きだから、アナタのために20

 ビルの出入り口に位置する場所で、レストランに来るお客様を最初にもてなすところでもあり、最後に見送るところ。レジのあるカウンター前で、さっきのことをぼんやりと思い出す。  一緒にいた男性に時折目を合わせて、とても楽しそうに演奏していたイケメン。奏でている曲はところどころ拙い部分はあれど、それを無にするように、楽しいっていう感情が音に表れていた。  それに導かれるように、椅子に腰かけていたほかのお客様が、いつの間にかグランドピアノを取り囲み、曲に合わせて手拍子がついて、演奏は大盛りあがりだった。 「僕との演奏の違いは、なんだったのか。そんなのお客様が聞き入って、その違いがわかっているから、ああやって盛りあがったんだろうな」  レストランにわざわざ来てくれたお客様のために、ピアノで奏でる――今日はイブだから必然的にクリスマスソングを弾くことになったけれど、その場の雰囲気に合う完璧な演奏をしても、演奏者の心が伴っていなければ、ピアノの自動演奏と変わらない。  自分との違いを比較して、こっそり落ち込んでいると、さっきのふたりが手を繋いでカウンターに現れた。俯いていた姿勢を正して、頭を深く下げながら声をかける。 「さきほどは、大変素晴らしいピアノをお聞かせくださり、ありがとうございました」  するとイケメンは慌てて男性と繋いでいた手を放し、照れくさそうな面持ちで返事をしてくれる。 「いえ……。実際は人前で披露するようなものでは、なかったんですが。こちらこそ突然の申し出を聞き入れていただき、ありがとうございました」  お礼を言いつつ、預けているコートの番号札を手渡されたので、奥にいる従業員に札を渡して探し出てもらい、コートを彼らに戻す。コートを着ている慌ただしい最中だったが、自分とイケメンの演奏の違いを言わずにはいられなかった。 「お客様のピアノを聞いていて、音を奏でる楽しさを思い出しました」  しょんぼりしているのを隠すように、ほほ笑んで告げると、イケメンは手を止めて、不思議そうに首を捻った。 「音を奏でる楽しさですか?」 「はい。普段は大勢のお客様の前で弾くことが、僕の仕事になってます。なんて言うのでしょうか、義務として弾いてるところがあったなぁと、改めて考えさせられました」  僕の率直なセリフにいち早く反応したのは、イケメンと手を繋いでいた男性だった。 「あ、なんとなくわかるかも!」  嬉しそうに笑って、不思議顔をするイケメンに説明する。 「恭ちゃんの演奏、一音一音が弾んでいて、聞いてるだけでとっても楽しかったんだ。はじめて聞いた人にだって、それが伝わったと思うよ。どんな人が弾いてるんだろうって。それでああやって、周りに人が集まってきたんだ」 「そんな演奏、俺がしていたのか?」 「してたしてた。あのフロアで、自然と耳に入ったピアノを聞いて、興味を持ったお客さんがたくさんいたじゃないか。しかも楽しそうに弾いてる恭ちゃんは、絶世のイケメンなんだから、一度に二度美味しいよね」  そう言って男性が僕に視線を飛ばしてくれたので、首を縦に振りながら同意する。 「僕に代わって、ずっと弾いていてほしいくらいでした」  イケメンは頬を赤く染めながら、まごついた動作でコートの袖に腕を通す。その間に彼らのお会計をしなければと、レジを打ちはじめた。優待券のほかにお食事を楽しんだので、その金額を告げると、イケメンは現金をカウンターに置きながら男性に告げる。 「和臣にそんなふうに褒められたら、またピアノを続けたくなったかも」 「お客様は、ピアノを辞めていたのですか?」  レジに金額を打ち込み、おつりを用意しつつ、思わず訊ねてしまった。 「あ、その……中学卒業と同時に辞めました」  詳しい理由を伏せて答えたイケメンに、隣にいる男性は大きな瞳を何度か瞬きしてから口を開く。 「そういえばどうして辞めたのか聞いても、恭ちゃん教えてくれなかったよね。悲しそうな顔をしてたから、あえて深追いしなかったけど」 「ずっと続けていたのを辞めるのって、なんか格好悪い感じがして」 「お客様にとって、辞めなければならない事情が、きっとあったのでしょう。ちょうど進学時期と重なりますしね」  なんとなくありえそうなことを口にし、釣銭をイケメンに手渡した。受け取ったおつりをコートにポケットに無造作に突っ込み、寂しそうにつぶやく。 「本当はずっと、続けていたかったんです。でも……」  瞳を揺らしながら呟いたイケメンに、男性は利き手を優しく握りしめる。 「恭ちゃん……」 「習っていた先生に言われたことが、ずっと引っかかってしまって。『君の弾くピアノには、感情がない』とたった一回だけだったんですが、ピアノを弾けば弾くほど、自分の中にある情熱が失せていったんです」  沈んだ声で理由を告げたイケメンの言葉に、自分もそれに近しいことを言われたのを思い出す。 「信頼していた方に言われたら一度とはいえ、深く傷つくものですよ。それこそ好きな人から言われる『嫌い』と同じです」  僕のセリフを聞いた瞬間、目の前にいるふたりが、なぜか同じタイミングで顔を見合わせた。 「あ、失礼いたしました。僕の個人的な意見で、おふたりを困らせてしまいましたね」 「大丈夫です。ピアノを弾く者同士として、貴重なご意見をうかがうことができて、俺は嬉しかったです」 「そうそう! 僕なんて恭ちゃんに嫌いなんて言われちゃったら、大好きなデザートが喉を通らないと思うよ」 「俺なんて、和臣に言われたら即死だぞ! 臣たんの嫌いは、破壊力ありくりだからな」 「恭ちゃん、僕よりも説得力ないと思う」  ふたりの仲のいいやり取りに導かれるように、心にわだかまりをぽつりと零す。 「僕がこのお店でピアノを弾くのが嫌だと、恋人に言われちゃいましてね……」  内容が難しそうな言葉を聞いて、ふたりとも唇を引き結んでしまった。 「どんなところでも音を奏でるときは、恋人にプレゼントする気持ちで弾いていたのですが、それすらも嫌だと言われました」 「僕、なんとなくわかります。恋人さんの気持ち……」 「和臣?」  男性のセリフに驚き、イケメンは意外なものを見る目で彼を見下ろす。 「想いは見えないものだから、どんなに気持ちを込めても、相手にはまったく伝わらないんです。それだけじゃなく――」  まじまじとイケメンに見つめられている現状に照れたのか、男性は恥ずかしそうに俯いて言の葉を紡ぐ。 「ピアノを弾いていた、さっきの恭ちゃん。思ってた以上に格好よくて、誰にも見せたくなかった」 (もしかして智之さんも、この男性と同じ気持ちだったとしたら――) 「確かに、さきほどのピアノを奏でるお客様の姿は、素敵だったと思います」  俯きながらも横目でイケメンを見つめる男性と、僕に褒められた結果、イケメンの頬はここ一番で真っ赤に染まった。 「あ、ありがとうございます……」

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