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好きだから、アナタのために21
「あの、喧嘩してるんですか?」
聞きにくそうに男性に訊ねられ、僕は小首を傾げながら答える。
「喧嘩というか、そうですね。いつものやり取りの、延長戦みたいな感じです。僕としても生活がかかっているので、ここでピアノを弾きながら、働かざるを得ないですし……」
「だったらなおさら、きちんと話し合いをしなきゃ拗れちゃいますよ」
男性は自分の経験を踏まえたように意見を述べると、それに乗っかる形で、イケメンまで言葉に熱を込めてアドバイスする。
「和臣とは幼なじみとして一緒に過ごしてきたんですが、仲がいいだけ、いろんな喧嘩をしました。それこそくだらないものから、深刻なものまで」
「そうそう! だけどくだらないもののほうが、喧嘩が妙に長引いたよね」
「くだらない喧嘩、ですか?」
ふたりのセリフに疑問を感じて、言葉を発した。僕自身は最初から、智之さんと仲が良かったわけじゃない。いろんなやり取りを経て、恋人になってる。
「貴方がイブに仕事をしているのを、恋人さんは寂しく思っているかもしれませんよ?」
イケメンからの問いかけに、言いかけたことを飲み込むように口を噤む。僕のそれを見た男性は、すかさず口を開いた。
「今日逢う約束、していますか?」
心配そうに視線を注ぐふたりに、力なく首を横に振ってみせた。恋人にとってクリスマスイブは外せないイベントになるのに、逢う約束すらしていないなんて、信じられないだろうな。
「お互い接客業をしているので、クリスマスや年末は稼ぎ時ですから」
「それでも逢わなくちゃ。だって好きなんでしょ?」
「和臣、落ち着けって」
両手に拳を作り、興奮した様子で語りかける男性に、イケメンは苦笑いしながら止めに入った。
「僕は好きですけど、恋人はどう思っているのかわかりません。でも僕はこのお店でピアノを弾いて、稼がなければならないんです」
「さきほど、生活のためと仰ってましたが……」
イケメンは、戸惑った面持ちで訊ねた。
「恋人はバーを経営しているんですが、お店を開くために借金をしているんです。金額を知ったのは、付き合って半年くらい経ってからでした。ちょうどここのレストランにスカウトされる、少し前のことです」
「わっ! スカウトされるなんて、すごいことですね」
弾んだ声で告げた男性に、僕はやるせなさそうな表情を浮かべた。
「バーは大繁盛とまでいきませんが、それなりにいつも席が埋まっていたし、僕のピアノを聞きにお客様が足繫く通ってくれたので、表面上は借金をうまく返済できていると思ったんです。だけど思っていた以上に、借金の額が多くて……」
返済計画書と一緒に、過去の返済履歴も添付されていた。毎月うまく返すことができない月があるのを知り、余計になんとかしなきゃと思った。
「繁盛しているバーの経営……。資金繰りがうまくいっていないということで考えられるのは、高利貸しにお金を借りてしまったか、一等地に店を構えた関係で、大きな借金を抱えてしまったかですね」
イケメンがありえそうな事実をピックアップしたことに、驚きを隠せない。
「返済計画書が入っていた封筒は、高利貸しではなく銀行からでした。バーは繁華街の中にある時点で、一等地と言っていいのでしょうか」
「不動産屋ではないので詳しくはないのですが、その立地でしたらそれなりの価格はしそうですよね」
「恭ちゃん……」
袖を引っ張りながら男性が話しかけると、イケメンは鳶色の瞳を困惑した感じで細める。
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