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好きだから、アナタのために25

 まな板の上にオレンジを置き、手際よく半分にカットする。 「美味しいオレンジジュースを作るには、中央にある白い果心を丁寧に取り除かなきゃいけなんだ」  智之さんは果物ナイフの先端を使って、器用に白い部分だけを切っていく。 「こういう手間がかかっているから、智之さんの作るカクテルは美味しいんですね」  白い部分が取り除かれたオレンジは、智之さんの大きな手でガラス製のジューサーに押しつけられて、新鮮なオレンジジュースになった。 「美味しそう」 「おいおい、これだけだったら、ただの果物ジュースだろ。俺は特製のカクテルを作るために、オレンジを絞ったんだぞ」  ちょっとだけふてくされた智之さんは、オシャレな形のタンブラーを目の前に置き、冷凍庫から長方形の細長い氷を取り出して、タンブラーに入れた。そしていつも使ってるお酒が置いてる戸棚の下から、見慣れない酒瓶を引っ張り出して蓋を開け、メジャーカップに注いだ。 (特製のカクテルを作るって言ってたから、滅多に使わないお酒を奥から出したのかもしれないな)  メジャーカップに注がれた少量のお酒を、氷の入ったタンブラーに投入。柄の長いスプーンで素早く混ぜていく。 「バースプーンを中指と薬指でこうして挟んで持って、スプーンの背をグラスから離れないように、押し当てながら混ぜていくんだ。やってみるか?」 「やっ、あの、僕がしたら美味しくなくなるかもしれないので、今回は遠慮します」  器用にスプーンをくるくる動かし、お酒を冷やしている様子を見ているだけでも楽しかった。しかもスプーンを回転させることにより、タンブラーと氷がぶつかって、とても耳障りのいい音がする。 「こうしてしっかり冷やすことで、アルコールをわからなくするんだ。酒に弱い誰かさんのためにな」 「それって僕を酔わせて、なにか悪いことをしようなんて考えてます?」 「どうだろうな?」  智之さんは僕の追及をさらりとかわし、しっかり冷やされたお酒に、搾りたてのオレンジジュースを注ぎ入れる。これで終わりだと思ったのに――。 「ちょっ、智之さんってば、そんなの入れたら、せっかくのオレンジジュースが甘くなっちゃうじゃないですか!」 「特製だって、最初に言っただろ」 「でもハチミツを入れるなんて、甘いのが苦手な僕にはちょっと……」  言いながら隣を見上げて、ハッとする。これを作る前に智之さんは、蝶ネクタイに指を差していた。 「もしかして蝶ネクタイの色……オレンジとゴールドを合わせて、カクテルを作ったんじゃ――」  思いつきを口にした僕の目の前に、智之さんはコースターを置いてから、できたての特製カクテルが入ったタンブラーを静かに置いた。 「しっかり冷えてるからハチミツが入っていても、甘さをそんなに感じることはない。飲んでみろ」  智之さんの作るカクテルは、どれも美味しかった。むしろ口に合わないものがない。 「い、いただきます!」  両手で薄造りのタンブラーを包み込み、恐るおそる持ちあげて、いつものように口にした。 「俺の想いをたくさん込めて、バースプーンで混ぜたカクテルだ。シェイカーでカクテルを作るよりも、気持ちが伝わるかもなと思ってさ」 「……あのぅ」 「ちなみにそのカクテルの名は、スクリュードライバーっていうんだ。花言葉と一緒で、カクテルにも意味のある言葉があるんだぞ」  特製カクテルの感想を言おうとしたのに、智之さんは顔を横に背ける。どんな表情をしているのか知りたくて前屈みになったら、大きな手が僕の顔を押しやった。 「智之さん、いじわるしないでくださいよ」 「いじわるなのはおまえだろ。黙って話を聞けって」 「僕だって飲んだ感想を言いたいのに、カクテルの意味をいきなり披露するなんて、物知りアピールですか?」 「物知りアピールなんかじゃない。だって気持ちは、言葉にしなきゃ伝わらないから……もうすれ違いたくないんだ」  耳まで顔を赤くした智之さんが振り返ったことで、イヤでも察してしまった。ここは僕が黙って、彼の話を聞かなきゃいけない場面になる。 「智之さん、スクリュードライバーの意味、教えてください」  僕の顔に触れてる手を取り、ぎゅっと握りしめる。

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