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好きだから、アナタのために26

 智之さんは僕が握りしめる手を見て、小さくほほ笑んでから、耳元に顔を寄せた。 「スクリュードライバーは、おまえに心を奪われたって意味だ」 「つっ!」  ピアニストの耳元で喋るだけでもドキドキするというのに、こんなふうに意味を告げられたら、どうにも返答に困ってしまう。 「はじめて聖哉と出逢ったあの日、おまえは沈んだ気持ちを込めてピアノを奏でていたが、内に秘める情熱を音で感じることができた」 「僕の中にある情熱?」 「それは間違いなく、俺の持っていないものだった。昔は持っていたのかもしれないが、いつの間にか、どこかにいっちまったのかな」 「智之さん……」 「その情熱を、俺に注いでくれないか?」  僕は持っていたタンブラーをコースターの上に置いてから、智之さんの頬に触れた。 「聖哉?」 「僕もほしいものがあります。それを誕生日プレゼントに、ねだっていいですか?」 「誕生日プレゼント?」  頬に触れてる手を伸ばして智之さんの首に触れ、自分に傾けさせる。 「僕の誕生日は、クリスマスなんですよ」  驚く智之さんの唇に、自分の唇を押しつけた。久しぶりのキスはプレゼントされたカクテルよりもほんのり甘くて、酔いしれたくなる。 「もしかして聖夜って、聖哉からとったのか――」 「僕の父は意外と、ロマンチストだったのかもしれませんね」  照れながら告げた僕を、智之さんはぎゅっと抱きしめた。 「聖哉、誕生日とクリスマスおめでとう」 「智之さんをプレゼントにもらっても、本当に大丈夫ですか?」  野暮かもしれなかったけれど、聞かずにはいられない。 「こんな俺でよければ、いくらでもプレゼントしてやる」  そう言いきった智之さんの腕の中で僕は身動ぎして、少しだけ空間を開ける。苦しいくらいに抱きしめられるのは嬉しかったものの、言いたいことがうまく言えない。 「智之さんが作ってくれたカクテルなんですけど」 「うまかっただろ?」 「はい。思ったよりも甘くなくて、飲みやすかったのは事実ですが、飲み込んだあとに残るアルコール感がすごかったです」  感想を告げた僕に、智之さんは置きっぱなしにしている酒瓶のラベルを、僕に見えるように向けてくれた。 「カクテルに使った酒はスピリタスというウォッカで、世界で一番アルコール度数の高い酒なんだ」 「世界で一番っ⁉」  素っ頓狂な声をあげた僕を尻目に、してやったりな顔をした智之さんは、ラベルに印刷されている部分を指差す。 「ちょっと待ってください。96%っておかしいですよ」 「そうそう、成分のほとんどがアルコールだろ。だから保管する場合、気をつけなきゃいけなくってさ」 「そんな危険なモノを、僕に飲ませたんですか?」 「ちゃんと加減してるって。実際は酔わせたかったけど、あとがどうなるかわからなかったし」  しれっと答えた智之さんを、睨むように見上げる。睨んだ先にある顔は悪ぶったものじゃなく、妙に堂々としている様子だった。 (バーテンダーの智之さんが、僕のために作ってくれたカクテルに、世界で一番アルコールの高いものを使ったってことは――)  その意味を理解した瞬間、頬に熱をもってしまった。その顔を見られないようにすべく、慌てて俯くしかない。 「タキシードで正装した聖哉が、素敵な曲をプレゼントしてくれたからな。俺も頑張ってみたってわけ」 「はい……」 「それでだな、あのさ……このあと俺の家で、一緒にクリスマスを過ごさないか?」  智之さんからの誘い文句に導かれて顔をあげたら、頬を赤く染めて明後日を向いてる彼の面持ちが目に留まる。これまで馬鹿みたいにすれ違っている現状を打破しなければと、気合を入れて口を開いた。 「わかりました。智之さんのご自宅に一緒に行ってもいいですけど、条件があります」 「さっきから俺のお願いに、聖哉もいい感じでお願いを被せてくるのな」 「被せるに決まってるでしょ! くだらないことで喧嘩したり、すれ違ったりしたくないんです。智之さんが好きだから」  自分の想いを大声で告げて、スクリュードライバーを一気飲みした。喉から染み込むアルコールが全身に巡り、躰をぶわっと熱くさせる。まるで智之さんの気持ちを浴びた気分になる。 「ちょっ、そんなふうに飲んだら酒が回るって」 「もう一杯!」  持っていたタンブラーを智之さんの前に掲げた。 「酒が弱いのがわかってるのに作れるかよ」 「でしたらカクテルを作らない代わりに、僕のお願いを聞いてください」  智之さんが拒否するのがわかっていたからこそ、自身の願いを絶対に叶えるべく、あえてこの流れを作った。 「クリスマスは聖哉の誕生日だからな。どんな願いでもきいてやる」  智之さんの顔を見ながら、持っていたタンブラーを置いて酒瓶を手に取り、目の前に突きつける。 「もう遠回しな言い方をせずに、このお酒みたいにストレートにものを申してください。智之さんにプレゼントする気持ちで、ピアノを弾いている僕を嫌がったこと、ものすごーく傷ついたんです」 「悪かったって。でも理由を言いかけた俺の電話を切ったおまえだって、よくなかったと思うぞ」  傍から見ると、まるで酒瓶がマイクになっているみたいに見えることに気づき、一瞬笑いそうになった。 「聖哉、自分だって悪かったのを承知で、そんなふうに笑うとかありえない」 「それは誤解させるような物言いをした、智之さんの責任が大きいです!」 「なんで好きあってるのに、口喧嘩になってるんだよ俺ら」  持っている酒瓶の手に、智之さんの手が重なる。 「僕らは出逢った頃から、口喧嘩していたじゃないですか。だけどやり合うたびに、きちんとわかりあえたし。それに――」 「うん?」  少しだけ鼻にかかった返事をした智之さんに、素直に気持ちを告げることにした。 「智之さんがこのお酒でカクテルを作ったせいです。貴方をひとりじめしたくて、堪らなくなっちゃった」 「それは俺も同じだ。もう誤解させるようなことを言わないように、気をつける。だから嫌わないでくれ」 「嫌いを超えて好きですよ。愛してます、智之さん」  火気厳禁のお酒の前で、熱い抱擁を交わした僕らのクリスマスはこれから――。

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