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第12話
野営地での天幕は自分たちで張る。俺も団長と一緒に天幕を張った。最初はやり方がわからず、団長に教わりながら、というか、ほぼ団長一人でやらせてしまったのだが、今は俺もスムーズにできる。野営生活に入って十日。だいぶ慣れてきたと思う。
天幕を張り終えた後に簡単な夕食をとる。団長と二人で天幕を張った流れから、夕食も二人並んでとるようになった。
会話というほどでもない、業務連絡や、その土地の魔物の特徴などを話すうちに食べ終わる。その、ほんのわずかなひとときが、不思議と居心地がいい。
「主教、具合が悪いのか」
食べ終えてぼんやりしていたら、尋ねられた。
「え、いいえ。べつに、どこも悪くないですよ」
「そうか。慣れない旅の疲れが出ていないか」
「それはまあ、多少は」
「今日の会議は出なくていい。先に休んでいるといい」
野営をするようになってから、夕食後に行われる連絡会に俺も参加していた。
戦闘員ではない俺には直接関係のない話がほとんどなので、不参加でも問題ないのだが、団員たちの動きを把握できるので、いちおう自主的に聞いている。
今日はそれに出なくていいと言われた。
業務連絡のように無表情で告げられたが、俺への気遣いが感じとれる。
この上司は部下をよく見ているし、無愛想で厳しそうなのに何気に優しいよなあと思う。
心配されるほどではないが、旅の疲れが出ている自覚はある。それは団員たちだって同じはずで、俺だけ甘えるのも、と思ったりもしたが、日ごろ鍛えている彼らほど体力がないのも事実。素直に甘えることにし、寝る支度を済ませて先に天幕へ入った。
魔力供給はいつも寝る前にしてもらっている。
治癒魔法を使ったすぐあとに供給してもらわないのは、理由がある。
魔物討伐後の団長は事後処理で忙しく、声をかけにくい。それにやはり団長の魔力を奪うのが申しわけなく、少しでも自力で回復したい。という理由は本心だが、一番の理由は、身体の熱を冷ます時間が必要だからだ。魔力供給を受けると、どうしても昂ってしまう。昼間だと、股間が膨らんだ状態を誰かに気づかれる可能性が高いからな。清廉なはずの主教が欲情している姿なんて、見せてはいけない。
ただし今日はその心配もない。今日の未明も魔物との戦いがあったのだが、負傷者が少なかった。そのため魔力は減っているが、供給が必要なほどではない気がする。
まだ陽が沈んだばかりで、普段ならまだ寝る時刻ではないが、やはり疲れがたまっているのか、すぐに眠れそうだった。
うとうとしだした頃、天幕の入口が開く音がした。ぼんやりと目を開け、入ってきたのが団長だと確認すると、再び目を瞑る。
眠りかけたとき、すぐそばに気配を感じた。
頭を撫でられる感触。触れてはいけないものに触れるような、どことなくぎこちない仕草で撫でられる。それから頬に触れられた。大きくて、硬くて剣ダコのあるごつい掌の感触。
団長、のはず。なぜそんなことをするのだろうと夢うつつに思う。
「寝ているか」
低い囁き声が耳元で聞こえる。団長の香り。衣擦れの音から、上に覆いかぶさられている感じがする。魔力量を探っているのだろうか。
「団、長……」
寝ぼけたまま名を呼んだら、頬に吐息を感じた。
「主教、目を覚ませ。魔力供給だ」
「……ん」
「起きないと……勝手にするぞ」
今日は大丈夫ですよと言おうとしたが、そう口にする前に唇を塞がれた。啄むようなキスをされ、唇の内側を舐められる。気持ちいい……――って、あれ。なんでキスしてるんだ?
さすがに意識が浮上してきて目を開ける。
「ん…っ、団長……っ?」
胸を押し返すと、唇が離れた。
「なぜ……ええと……魔力供給……?」
「ああ」
「今日は、必要ないのでは? それほど減っている感覚はないのですが」
「いつもほど不足しているわけではないが、減っているのはたしかだ。補給しておいたほうが安心だ」
いや、まあ、そうだけれども。一晩眠れば回復しそうなんだがな。
いまいち納得しかねるが、団長がしてくれるというのに、拒む理由もない。
ぼうっと見上げると、璃寛茶色の瞳にじっと見つめられていた。暗闇の中で光るその瞳は、仄かな熱で揺らいでいるように見えた。
不思議に思っているうちに顔が近づき、再び唇を重ねられる。
舌が口の中へ差し込まれ、俺のものに絡められ、魔力供給された。魔力と共に快感が注がれ、じんわりと身体が熱くなる。供給はほんの少しの量で終わったが、彼はキスを続けた。初回以降いつも、魔力供給を終えてもキスが続く。嫌いな男になぜキスをするのだろうと戸惑いながらも気持ちいいので受け入れている。俺はまだ少し、寝ぼけているのかもしれない。気持ちよさにつられて、彼の舌を軽く吸ってみた。
団長が驚いたように動きを止めた。と思ったら、やや性急な仕草で口内を愛撫された。
いつもよりも少し乱暴で遠慮がない、貪るようなキス。ちょっと強めに甘噛みされたり吸われたりして面食らったが、それはそれで気持ちよくて興奮した。これまではだいぶ優しく、遠慮したものだったのかもしれない。
「……っ、ん……」
気持ちいい。頭が蕩けそうな気分で吐息を漏らすと、さらに深くくちづけられる。団長も熱い吐息を零していて、それがやけに色っぽく、胸をざわめかせた。
キスを交わしながら、団長の手が俺の頬に触れ、滑るようにそっと首筋を撫でる。優し気な手つきなのにどこかいやらしくて、官能を引きずりだされて身体が火照る。思わぬ刺激にゾクゾクして身を捩ったら、甘い声が零れてしまった。
「は、ぁ……」
その己の声にハッとして、いつのまにか閉じていた瞼を開けると、熱を帯びたまなざしに見つめられていた。団長のほうも俺とのキスで興奮しているのだとわかった。魔力を受け入れる側ほどではないにしろ、俺の魔力に触れて、彼も特殊な快感を得ているのかもしれない。
キスだけなのに、気持ちよくて涙が滲む。心臓もせわしなく拍動し、身体が昂り、下腹部に熱が溜まる。
彼の背に手をまわすと、彼の身体は俺以上に熱くなっていた。たぶん、彼のほうも俺と同じように昂っているはず。快感で思考は蕩けているものの、頭の片隅でこの熱の始末をどうしたらいいかと悩みだした頃、唐突に唇と身体を離された。
情欲に濡れた瞳に見下ろされる。眉間を寄せ、悩まし気な表情がひどくセクシーだ。見つめ返したらもぎ離すように顔を背けられた。
「……もう、寝よう」
「はい……」
互いに昂ってしまったが、これ以上先に進めるわけにもいかない。
俺は毛布を掛け直し、目を閉じた。彼も隣に横たわる。
寝ようと言われても……。寝なきゃいけないんだけどさ……。
今夜もきっと魔物が出現するはずだから、いまのうちに眠らなければいけないのだが、身体が火照って眠れる状態ではなかった。旅の疲れなんて吹っ飛んでる。
天幕の広さは2畳くらい。団長なのだから広い天幕に簡易ベッドでも使えばいいのにと思うが、一兵卒と同じように床に寝るスタイルだ。ちょっと寝返りをうてば触れあってしまう狭さ。
隣の存在が気になって、眠れない。団長も、これで眠れるんだろうか。
仕事のことを考えてどうにか熱を冷ます。時間をかけて落ち着かせたものの、それでもなかなか寝付けなかった。
身体が温まっているうちにタイミングよく眠れたらよかったのだが、今度は冷えて眠れなくなった。
寝場所に神経質なほうである。団長の隣というのもそうだが、野営で寝るのはまだ慣れない。一年で最も温暖な季節ではあるが、今いるのは国の最北部であり、昼は暖かいが朝晩は驚くほど冷え込む。
とくに今日は気温が下がっており、昨日よりも寒くて辛い。せっかく俺の評判が上がってきているのに、毛布をもう一枚欲しいなんて我儘も言えない。
小さく丸まりながら思いだす。ゲームでは、この野営の天幕の中でのイベントがいろいろあった。そこまでエロいシーンはなかったが、主人公が夜中に目覚めると抱き枕のように背後から抱かれていたりとか、ちょっと身体に触られたりとか。
団長ルートでは、寒さに耐えかねた主人公が団長の毛布に潜り込む場面があった。
団長は「しかたないな」などと言いながら主人公を抱き寄せるのだ。
いくら寒いと言ってもあんな真似は俺にはできない。今夜もきっと戦闘があるのだ。団長の睡眠の邪魔をするわけにはいかない。俺がされる立場だったら、たとえ好きな相手だったとしても迷惑に思う。そもそも睡眠に神経質な俺が、団長に抱かれて眠るなんて芸当はできない。
あれこれ考えているうちに尿意をもよおしてきた。排尿し、少し身体を動かして温めれば眠れるかもしれない。俺はそっと起き、天幕を抜けだした。
天幕の外はさらに冷える。冷気を首筋に感じ、身震いして足を進めた。野営地のすぐそばに小川があったはずだ。そこで用を足そうと、小走りになって川のほうへ向かうと、目指す方角よりやや東のほうから人の声が聞こえた気がした。
気のせいだろうか。
もしかしたら俺と同様に用を足しに外へ出た団員かもしれない。俺は予定通り川へ向かい、用を足した。
戻る途中で、先ほどと同じ辺りから物音が聞こえた。人か動物が動いているような感じだ。まだ用足し中だろうか。それとも獣か。集中してみると、精霊の落ち着かない気配を感じた。やはりなにかあるようだと、そちらへ向かってみる。
「ぅ――っ」
はっきりとした人の気配。背の高い草むらの向こうから掠れた声が聞こえる。
さらに近づこうとして、俺はハタと足を止めた。
これ、見ていいものか?
もしかして、団員同士で性行為的なことをしている最中だったとしたら?
遠征中は性行為禁止といえど、我慢できない者もいるのだろう。覗きはやめようと踵を返したとき、嬌声のような声が聞こえた。
「ん、あん…っ」
やはり性行為中らしい。邪魔してはいけない。
「んん……やっ」
離れようとしたが、再び聞こえた嬌声に足を止めた。声に聞き覚えが。もしかしてこれ――アオイの声じゃないか?
嘘だろう?
アオイが誰かと結ばれた? こんなに早い段階で?
誰だよ邪魔してやる。
成就させるものかと俺は草むらをかき分けて現場へ踏み込んだ。
するとそこには、服を中途半端に脱がされたアオイが倒れていた。身体には太い蔓のような植物が絡みついており、それはウネウネと蠢いてアオイの口や陰部を犯していた。
え?
男性向けエロゲーの触手プレイそのものの光景である。俺は目を疑った。
「溺愛騎士団と恋の討伐」は十八禁BLゲームなので性行為シーンはもちろんあるが、女性向けゲームなので描写は上品だ。触手プレイなんてシーンはシナリオにはない。
しかしこの世界に触手を持つ魔物が存在することは、今生のイヴォンの知識として知っている。見たことはなかったが、隣国や国境沿いに生息するという話を耳にしたことがある。
ゲームの世界観と異なる種類の魔物を前にし、頭が混乱する。だがアオイの苦しげな声が耳に届き、我に返った。ぼんやりしている場合ではなかった。
「んーっ、んー……っ」
アオイが俺に気づいた。触手に口を塞がれた彼は声を出せず、視線で必死に助けを求める。
「アオイ!」
アオイを助ける気持ちで一歩踏みだす。しかし俺の戦闘力はゼロ。懐刀すら持っていないのに下手に手を出したら確実に俺もやられる。怯んだ俺の足元に、触手が伸びてきた。やばい。
「誰か!」
これは助けを呼ぶべきだと振り返った俺の視界に入ったのは、こちらへ駆けてくる黒髪の男。団長だ。
彼は魔物を見ても躊躇せず物も言わず剣を抜き、俺の足元に迫った触手を切断した。返し刀で触手の根元を切り落とす。続けてアオイに絡まった触手のすべての根元も切り落とした。
切り落とされた触手は、地に落ちても気色悪くうねうねと蠢いている。
「アオイ、大丈夫か」
「あ、う……っ」
団長がアオイを抱き起こし、口に入った触手を引き抜いた。アオイは激しくむせてから息を吸い込み、団長を見上げる。
「だいじょ……あっ?」
言いかけた彼の身体がビクッと震えた。
「アオイ?」
「あ、なんか……お尻に……残って……ああっ」
団長が舌打ちし、アオイの体をうつぶせにして、尻に指を入れた。
「少し我慢しろ」
「あ……っ、ああ…っ」
アオイが身悶え、嬌声を上げる。
展開も完全に男性向けエロゲーである。
いや……俺はいったいなにを見せられてるんだ……?
予想外の出来事に呆然としてしまう。
隣国はこの触手の魔物が多く生息する。もしかして隣国は男性向けエロゲーの世界だったりして、なんて。まさかな。
触手には催淫効果があるのが相場。アオイは感じている様子で身体をくねらせ、頬を染め、涙を流している。団長は俯いていて、その表情は見えない。
見守っているうちに団長はアオイの中から触手の残骸をとりだした。アオイもようやく楽になったようで、肩で息をしている。
触手の残骸はいまだ蠢いている。その処理が必要だと思い至り、俺はようやく動いた。
「団長、この残骸はたしか、放っておいてはまずいのですよね」
「また根が生えて増殖する。焼き払わないと」
「助けを呼んできます」
「火種と手拭いを持ってくるよう伝えてくれ」
野営地に走り、天幕が見えたら、ちょうどその中から一人が出てきた。副団長ロジュだ。
「主教様、いま、声が聞こえたような気がして」
「アオイが魔物に襲われたのです」
「魔物⁉」
「あ、埴輪じゃなく、触手の魔物です。火種を持ってくるようにと団長が」
「ああ、あれか」
副団長はいったん天幕に戻り、すぐに出てきた。同じ天幕にいた団員も飛びだしてくる。
二人を案内してアオイたちの元へ戻ると、アオイは服を整えてすわり込み、半べそでガタガタ震えていた。
「アオイ、怪我はないですか」
「は、い……」
彼は俺を見上げると、ボロボロと涙を零した。
可哀そうに。触手に襲われるのは主人公の宿命であることを彼は知らない。
俺は震える肩を抱き、慰めてやった。
副団長はすぐに状況を察し、ライターのような魔道具で触手の残骸を燃やしていった。触手の大元は蔓の植物で、土に根が生えている。それも引き抜き、焼却する。
団長は手拭いを受けとると川のほうへ向かった。戻ってくると、手拭いをアオイに渡す。
「あ……ありがとうございます」
触手のだした液体でドロドロの顔をアオイが手拭いで拭う。ベタベタして気持ちが悪かっただろうと、それを見て気づかされる。動転して俺は気がまわらなかった。こういう気遣いができるところが団長だなと思う。
ひそかに感心している俺に団長が顔を向けた。
「主教は、なぜここへ来た?」
「冷えて眠れなかったので……小用に」
「二人揃って?」
「いいえ。アオイを見つけたのはたまたまです」
「アオイも小用で天幕から抜けて来たそうだが。主教と同じ時刻に」
「はあ。偶然ですね」
団長が口を噤んで俺を見た。疑惑のまなざし。
いや、待て。二人でこっそり示し合わせて抜けだしてきたと思われているのだろうか。なぜそんなことをする必要があると思うのか。疑いすぎだって。
「本当ですよ」
「そうか」
重ねて言ってみたが、はたして信じてもらえただろうか。せっかく警戒が緩まってきていたのに、妙なイベントのせいでまた警戒されてしまう。
「団長こそ、どうして」
「主教が出ていくのに気づいた。しばらくしても戻ってこないから、探しに出た」
団長は俺からアオイへ目を向けた。
「歩けるか」
「は、い……」
アオイは立ちあがろうとしたが、足に力が入らないようだった。団長が見かねて抱きあげる。残念ながら俺の治癒魔法は外傷しか効かない
俺も二人の後に続いて天幕のほうへ歩きだした。
団長とアオイの後ろ姿を眺めながら、思う。
ゲームには出てこない出来事だったが、これも好感度に影響するのだろうか。
普通に考えたら、影響するだろう。危ないところを助けてもらったら誰だって相手に好感を持つ。
野営地へ着くと、アオイを今日の担当のフルニエへ任せ、俺は団長と天幕へ戻った。団長はいったん外へ出て、予備の毛布を持って戻ってきた。それを俺に渡してくれる。チラリと言った一言を聞き流さず、嫌いな男にも気遣いできる男とは感心する。それをかけたら温かくなり、今度こそ眠れそうだったのだが、休む間もなく埴輪の魔物が出現し、戦闘となった。
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