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第16話

 団長の関心がアオイへ向かないよう、自分に向くよう、不要な魔力供給を続けたし、咥えるような真似もした。  だがあれはやり過ぎだったかもしれない。理想は、気があるようなそぶりをしておきながら、実際には手をださないし、ださせない。それがベストだったのだが、焦って判断を間違えた気がする。恋の駆け引きなどしたことがないから正解はわからないけれど、簡単に身体が手に入る相手など、団長は興味ないかもしれない。  そう思い、俺は毎日の魔力供給をやめた。  団員は討伐に慣れて負傷者が減っているし、山間部に入ったため一般人が少なく、被害が少なくなっていた。そのため魔力が不足するほど治療をしていないので問題はない。 「団長、大丈夫です。今日は二人しか治癒魔法を使っておりません。私の魔力も減りようがありません」  毅然と断ると、それで話は終わった。  俺の変化は、団長の団長を咥えた翌日からだ。団長のほうも、俺の態度の変化に思うところがあったのか、言いたいことがありそうな顔をしながらも魔力供給を誘わなくなった。  そんな数日が過ぎたその夜、めずらしく団長が負傷した。  魔物に狙われた団員をかばった拍子に、左腕に瘴気を食らったのだ。 「診てもらってもいいか」  戦闘を終え、団員たちに後始末を指示したあと、団長が俺に声をかけてきた。その場で患部を診せてもらい、すぐに治療にかかる。痛そうだが、そこまで深手でもない。魔力もそれほど使わずに治癒できた。 「助かった。ありがとう」  礼を言われ、野営地へ戻った。  夜明けまで休んでいようということで天幕に入り、横たわろうとしたら、団長に腕を掴まれた。 「団長?」 「俺のために魔力を使わせた」  暗がりで表情はよくわからないが、顔が近づく気配を感じ、彼の身体を押し返す。 「あれくらい平気ですから。私の魔力量、わかるのでしょう? 寝れば戻る程度しか使っていませんから、お気になさらず」 「しかし」 「それより早く眠りたいです。おやすみなさい」  問答無用とばかりにさっさと横たわり、布団をかぶってしまう。 「……主教」 「はい」 「俺は、なにか気に障ることでもしたか」 「いいえ、なにも」 「……」  団長は少しだけその場にいて俺の様子を見ていたようだが、まもなく自分の寝床へ入った。  このところの俺の態度の変化に団長も戸惑っているだろうと思う。それがいい方向に向かっているならいいのだが。  そうして日々討伐をしながら山間部を南下していき、三週間が過ぎると国の南部にある都市、トゥコ・ロザワに到着した。  山間部の道のりは険しく、野生の獣も多く、北部よりもハードだった。王都からの使者も途絶えていた。そのため領主の屋敷へ到着するなり、使者から手紙を大量に受けとった。その中にアオイ宛ての手紙が混ざっていた。 「アオイ。故郷の方からお手紙が届いています」 「わあ、ナタンエルからだ」 「ご家族ですか」 「いえ。幼馴染なんですけど……彼から手紙なんて。どうしたのかな」  アオイはその場で開封して読みはじめた。その顔が、みるみる赤くなる。 「故郷で、なにか問題でもありましたか」 「いえ……そういうことじゃなかったです……ただ、俺がいなくてさみしい、みたいな……」  アオイは赤くなった頬に片手を当て、困惑した様子で手紙を見つめていた。  アオイの幼馴染に手紙を出すよう仕向けたのは、俺である。伝手を使って連絡をとり、里心がつくような手紙になるよう内容も指定した。  アオイの反応を見ると、思ったよりも効果があったようだ。討伐が終わるまでに再び手紙を送らせてもいいかもしれない。  それにしてもアオイは誰と会話しても赤くなる。本当にフルニエと団長が本命なのだろうかとヤキモキしながらここしばらく過ごしたのだが、ゲーム通りならば、このトゥコ・ロザワで現時点の好感度がわかる。もちろんリアル世界だから、それが本当に好感度に影響しているのか定かでないが、判断材料の一つにはなると信じたい。  領主の館を辞したあと、街の雰囲気を眺めながら今日の宿へ向かう。  ここは中心部にあるコロシアムが有名で、国の南西部で最も栄えた都市だ。街の大通りはもちろん、狭い路地も華やかで賑わっている。  山間部の旅は魔物の他に野生動物にも気をつけねばならなかった。地形的に天幕を張らずに野営しなければならない夜もあった。訓練を積んだ団員たちでも厳しい日々が続いた後の大都市の繁華街。そのうえ、討伐した魔物はすでに四十体。あと残り十体で旅を終えられる。そんな思いもあり、団員たちは気が緩んでいる。  だから、もうすぐ。  たぶん、もうすぐ、来る。 「皆さん、気をつけて。精霊が騒いでいます――魔物が、来ます」  呼びかけた次の刹那、突如として巨大埴輪が現れた。 「魔物……っ⁈」 「なんでこんな昼間に」  昼日中。繁華街の中心部である。瞬く間に混乱が起こる。  普段、庶民の避難誘導は地元騎士団に任せている。しかしまだこの地へ到着したばかりであり、打ち合わせもしていない。  戦いたくても戦える状況ではなく、ひとまず人々の避難誘導に努める。遅れて地元騎士団が合流してきて、そちらに避難誘導を任せた頃には街の損壊がひどく、あちこちで火の手が上がっていた。  がれきや火の粉を避けながら戦闘がはじまる。埴輪は人型ではなく馬型だった。四つの脚で家屋を踏み潰し、口と目から瘴気を放つ。  人型との戦闘に慣れた騎士団は苦戦していた。俺は団長の馬から降り、アオイと後方に下がる。後方といっても、倒したらすぐに浄化作業に入る必要があるため、安全な場所まで離れることもできない。  騎士団は苦戦しつつもじりじりと魔物を追い詰めていた。団長が埴輪の後ろ脚を切断することに成功し、埴輪が体勢を傾ける。そこをユベルが剣を振りかざして突進し、埴輪の尻尾を刎ね飛ばした。  尻尾がアオイめがけて一直線に飛んでくる。 「危ない!」  護衛についていた団員がとっさにアオイを突き飛ばした。勢いが強すぎてアオイは前方へ転がり出る。その瞬間、魔物が瘴気を吐き、アオイに直撃した。アオイが吹き飛ばされる。壁に叩きつけられ、地面に崩れ落ちる。 「アオイ!」  俺は倒れている彼の元へ駆けた。ぐったりしており、腕と脚がおかしな方向へ曲がっている。苦悶の表情を浮かべており、意識はある。 「アオイ、まだ意識を失ってはいけません。気を失うのは浄化してからです」  死んでなければ治せる。問題ない。 「すぐに治療します! 攻撃を受けないようフォローを」 「はっ」  護衛の二人が俺たちの前に立つ。アオイへ治癒魔法をかけるべく、意識を集中する。魔法により状態を探ると、骨折と内臓損傷がわかる。  戦闘はまだ続いている。俺は治療を開始した。瘴気を直接食らったことにより精気が著しく弱まっているのが気になるが、それは俺には治せない。外傷を治していく。  ゲームでは、アオイも俺も意識を失ってしまい、魔物をこの場で倒すことができず、再戦するルートもある。だが俺は無事だ。アオイを治せる。今日中に終わらせたい。  どれほど時間が経過しただろうか。どうにか一命はとりとめたようだと確信できる程度にまで回復させたところで俺の魔力も体力も尽きた。アオイは重傷で、まだすべて治せていない。己の治癒魔法能力のしょぼさが腹立たしい。  ゲームの特性上、俺の治癒魔法が有能ではいけないのだ。なんでも簡単に治せてしまうと看病イベントが発生しなくなるから。わかってる。けれども、もう少し有用にしてくれたらよかったのに。 「主教!」  団長の叫び声。ハッとして顔を上げたとき、すぐ横の建物の壁が崩れ落ち、頭上に降り注いできた。逃げる間もなく全身に強い衝撃を受け、俺は意識を失った。 

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