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第20話

 団長とうどんを食べた四日後にはアオイの身体も回復し、旅を再開した。  騎士団は快進撃を続け、最後の一体の出現報告がある地、レイクタウンへやってきた。  宿で夕食を食べ終え、各々が部屋へ向かった頃、湖から魔物が現れたとの報告が届いた。  これまでの出現時刻はほとんどが未明だったが、日中や宵の内での出現もなかったわけではない。団員たちは落ち着いて隊列を組み、現場へ向かった。  最後の埴輪は、家型だった。 「急所、どこだよ……」  団員たちは手こずっていたが、それでも最後には倒し、アオイの浄化によって消滅させたのだった。  これで国中の魔物すべてを倒したのである。団員たちは歓声を上げて街中に知らせ、まだ店を開いていた飲み屋へ雪崩込み、祝盃を挙げた。酒盛りは宿へ戻ってからも続く。  団員たちが街で祝盃を挙げているあいだ、俺は治療である。負傷者は四名。一名だけ治療に時間がかかったものの、比較的苦労することなく治療を終えた。  団員たちの酒盛りが宿へ移った頃に俺も宿へ戻り、祝いの酒を一緒に飲んだ。  副団長が乾杯しに俺の元へ来た。 「ああイヴォン様。魔物がいなくなったのは嬉しいですが、あなたとの旅が終わると思うと俺は寂しいですよ」 「ロジュ、私もおなじ気持ちですよ。近衛騎士の皆さんと親しくなれて、非常に有意義な旅でした」 「暇なときは神殿に遊びに行ってもいいですかね」 「もちろん、歓迎しますよ。いつでもいらしてください」 「主教様ぁ」  彼は相当酔っぱらっている様子で、ふざけた調子で俺にハグをした。すぐに離れると思ったが、抱きつかれたまま。互いに酒の入ったグラスを持っていて、零しそうで危なっかしい。 「ロジュ、零しますから」 「あー、もう少しだけ」  身を捩って離れようとしたら、背後から伸びてきた腕が容赦なく副団長の手を払いのけ、それと同時に身体を引き寄せられた。 「ロジュ。主教に無礼な真似をするな」  振り返るまでもない。その声は団長だった。  俺の腰には団長の腕がまわされ、しっかりと抱き寄せられている。ハグは無礼で、この体勢はいいのだろうか。 「おまえたち、明日は王都へ戻るのだから、それくらいにしておけ」  団長は俺を腕に囲ったその恰好で皆を見まわして窘めると、俺を連れて部屋へ戻った。  すでに夜更け。部屋には温い湯の入った盥があった。団長はすでに湯浴みを済ませ、湯も新しく交換されているとのことで、俺がそれを使う。湯から上がり、身体を拭いていると、団長が傍に来た。  腰に腕をまわされ、引き寄せられる。 「濡れますよ」 「構わない」  俺は裸だが、彼は薄手のシャツを緩く着ている。布越しに彼の鍛えた胸板の厚みと熱を感じた。顔を上げると、黒髪の下に覗く璃寛茶色の瞳と視線がぶつかる。淡い緑と茶色を混ぜたような、不思議な色合。よく見ると虹彩の淵と内側では色の配合が違う。それを見つめていると、低い声に尋ねられた。 「魔力供給を、してもいいか」  供給が必要なほど魔力不足に陥ってはいない。だが満タンでもない微妙なライン。少し前の、距離を置いていた頃だったら拒んでいたかもしれない。だが、魔力供給を受けるのはこれが最後。 「……お願いします」  囁くように答えると、唇が重なった。唇を軽く開けて迎えると、彼の舌が入ってくる。彼のそれに舌を重ねると、じんわりと快感が押し寄せた。いつもよりもゆっくりと魔力を注入されている気がする。とろりとした甘い蜜を注がれて、舌が蕩ける。蜜を嚥下すると、喉から胸へと流れ落ちていく箇所が順に熱く蕩け、腰に蜜が溜まっていく。  快感で身体中が満ち、魔力供給が終わったことを知る。俺は彼の舌が引き上げる前に、自分から絡めた。すると待っていたといわんばかりに彼の舌が応じ、表面を優しく舐めた。  気持ちいい……。  もっと、と思ったとき、唇を離された。 「ぁ……」 「まだだ」  せがむような吐息が漏れた俺の唇を軽く啄むと、彼は易々と俺を抱えあげてベッドへ運んだ。仰向けに横たわる俺の上に大きな体躯が覆いかぶさり、抱きあいながらキスが再開される。しっとりとした、官能的なキス。その合間に囁かれる。 「こういうのは、久しぶりだな」  山間部では魔力供給をしなかった。再開したのはトゥコ・ロザワから。だが必要以上のキスはしていない。かの地を発って今日で二週間。何度か供給を受けたが、それだけだ。俺が求めないと、彼も深追いせず唇を離し、供給を終えていた。だからこのようなキスは久々だった。  激しさはない、けれども充分にいやらしい舌使いに、じわじわと身体の熱が上がる。  息が上がり、濡れた吐息を零すと、少しだけ唇が離され、顔を覗き込まれた。 「いままで、どうして拒んでいた」 「規律違反を犯しそうだったので」  俺は用意していた答えを口にした。もっと早い段階で訊かれると思っていたが、これまで訊かれなかった。 「本当にそれだけか」 「それ以外に、どんな理由があるとおっしゃいますか」 「……では、なぜ今日は許す?」 「これが、最後ですから」  璃寛茶色の瞳が俺を見つめた。その瞳がじわりと熱を帯び、噛みつくようにキスをされた。  深く甘いキスは、官能の疼きを誘発する。熱く柔らかく、蕩けるような彼の舌と唇に没頭していると、彼の手がそろりと俺の胸に触れた。それは滑るように下腹部へと移り、俺の兆したものに触れる。  俺はその手を止め、唇を離した。 「団長。そこまでは許しておりません」  きっぱり告げると、難しい顔で見つめられた。 「だが。これは?」  止めているのに、彼の腕は難なく動き、指先で俺のそれに触れてくる。 「主教も、昂ってる」 「すぐに落ち着きますから放っていただいて結構です」 「……」  じっとりと見つめられる。俺は目を逸らし、迷うようなそぶりで言った。 「…しかし、あるいは……。……許してもいいことも、ないわけでもないですけれど……」  思わせぶりに告げ、彼の脇腹に触れる。そっと撫であげると、彼の喉仏が上下に動いた。  一拍置いて、慎重な口調で尋ねられる。 「……どう…したら、許してくれる?」  よし来た、と思った。  思わせぶりな態度は、この問いを狙っていたからだ。  彼の熱っぽい瞳を見つめ、慎重に言葉を発した。 「一つ、条件を吞んでいただけるなら」  無言のまま、瞳で先を促される。俺は顎を引き、緊張を悟られぬよう続けた。 「王都へ戻ったら、アオイを速やかに故郷へ帰すこと。王都へ留めず、騎士団にも入れないこと」 「わかった。呑もう」  考えた時間はコンマ一秒もなかったのではないか。それほど速攻で返答すると、団長は俺の太腿へ手を伸ばしてきた。俺は慌ててその手を両手で押さえた。そうだ。どこまでする気だろう。最後までする気がないことは、先に言っておかねば。 「団長」 「なんだ」 「身体を繋げるのは、どうかご容赦を。以前私があなたに触れたときのような、あれくらいの塩梅で手を打っていただきたい」  手加減を願い出たら、軽く睨まれた。 「制限の後出しは卑怯だ」 「後出しではありませんよ。元々、遠征中の行為は規律違反なのでしょう。団長自ら禁を破るのですか」 「遠征は今日が最後だ」 「明日までです。今日はまだ旅の途中です。明日は王都へ帰るのです。長い道のりですから、受け入れる身としては厳しいのです。だからまだ……今日のところはご勘弁ください」 「主教は馬車だろう」 「馬車も振動が辛いですよ」 「受け入れるのが初めてというならば、それもわかるが。まさか初めてではないだろう」  拒めばすぐに引き下がると思っていたのだが、意外と粘る。  俺はしばし黙った。  そのまさかの未経験だと言っても信じてもらえない気がする。どうするか。といっても、正直に話すしかないだろうけれども。堂々と告げるよりは初心っぽく言ったほうがいいだろうかと思い、目を泳がせ、それから小さな声で恥じらうように告げてみた。 「……。初めて…なんです」  団長が黙った。  目を細めて俺を見つめる。あ、これは信じていない顔だ。本当なのだが。  きっと、俺が誰かを誘惑したとかいう数々の噂を耳にしているのだろう。俺自身、請われたわけでもないのに団長の団長を自ら咥えたりもし、いかにも慣れているような物言いをしたこともあったのだから、まあ、信じてもらえるはずがない。 「したことがないのに、馬車の振動が辛いことをなぜ知っている」 「耳年増なんです。翌日は歩くのも辛いという話を聞いたことがあります」 「……俺を受け入れるのは、嫌か」 「そういうことではなく、明日の移動を考えてのことです。信じられないかもしれませんが、我が国の神官は騎士の皆さんと違って同性での慣習はないのです。団長のを、口で……あれも、初めてです」 「いくらなんでもそれは嘘だろう」 「本当ですって」 「ではあの技は、どこで覚えた?」 「技、というほどのものでは」 「あんなことをされた経験は初めてだが」  団長ともあろう男がそんなわけ、と思いかけ、ハタと気づく。  咥えたのは前世の知識だ。エロ動画やエロゲーム、各種媒体であの行為を見たことのない日本男子はいなかろう。だから未経験な俺でも見様見真似でできた。実践するのに覚悟がいったものの、そこまで異常な行為という認識もなかった。  性に奔放な日本文化である。性産業に溢れる日本文化である。日本の常識は他国の非常識。性についても各国事情が異なることを失念していた。前世でも、他国はけっこう淡白などという話を聞いた記憶がある。  未経験なので憶測ではあるが、この国の性行為のバリエーションは少ないのかも。口で咥えたりしないのかも。 「あれは……異国の文献で、そういう方法があると知り、試みたのですが……、もしかして皆さん、ああいうことはなさらないものでしたか……?」  恐る恐る尋ねたら、なんとも言えない表情をされた。 「主教は異国の寝技まで熟知しているのか……」  ああ、やっぱりか。  じゃあ、あのときの団長、内心はめちゃくちゃ驚いてたんだろうなあ…。  これはもう、よほどの変態か好色家、その道を究めた達人と思われていそうだ。  本当に未経験なのに。キスだってしたことなかったのに。  しかたない。未経験と信じてもらうのは諦めよう。しかし明日の移動が辛いのは嫌だ。その手の痛みに俺の治癒魔法が効くかわからんし、どうにか諦めていただきたい。 「ともかく明日の移動を思うと、身体を繋げるのは……また次の機会に。今日はその手前までに……」 「……わかった。王都に戻ったら覚悟しておけ」  団長がしかたないというように妥協した。  しかし、覚悟、とは……。  次の機会なんて言葉はその場しのぎで口にしたのだが、団長は本気にしただろうか。  チラリとよぎった思いはすぐさま落ちてきた唇によって霧散した。

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