35 / 39
第35話
翌日は王宮内の礼拝堂での仕事があった。
キリスト教教会を彷彿とさせるゴシック建築風な礼拝堂の壇上で、太陽神の説法をとく。集っているのは諸侯の子弟や夫人が多い。
その中に第三王子の姿もあった。一昨日の強姦未遂の被害者である。
彼は没ゲーム内で登場する。我が国では禁煙令が出ており、煙草の服用も販売も禁じられているのだが、第三王子は密売組織から秘かに入手し、服用していた。それが宝探しの途中で発覚し、問題となるシーンがあった。
宰相の寵臣に襲われたのは、なんらかの弱みを握られたのだろうと思ったが、煙草のことを知られたのだろう。
前列にはデュフール公爵の姿もあった。俺に話があるようで、目配せされた。後方の席にはレオンがいる。
説法を終えると、俺はまずレオンの元へ向かった。
「レオン様、少し話があります」
「なんと、ついに主教様から私にお誘いが……! 長年待ち続けた甲斐がありました。ええ、ええ、主教様のためならいつでも時間を空けましょう。今夜も空いておりますよ。楽しみだなあ」
「今がいいのですが、よろしいですか」
「今ですか。フフフ、まだ明るいうちから積極的ですね。主教のそういうところ、嫌いじゃないですよ」
「わかっていらっしゃるでしょうが、真面目な話ですよ。よろしければこちらへ」
「真面目な話ということは、俺たちの将来についてでしょうかね」
戯言は無視して促すと、彼は踊りだしそうな軽やかさでついてきた。
礼拝堂内にある小部屋へ彼を連れ込み、二人きりになる。近づいてきた彼に手を伸ばされ、それをかわして一定の距離をとる。モタモタしていると抱きつかれそうなので、さっさと本題に入ろう。
「レオン様は今、隣国の宝をお探しではありませんか」
レオンが驚いた顔をした。それはそうだろう。唐突すぎるし、俺がそれを知った経緯が不明すぎる。
「なぜそれを」
「精霊が伝えてくれたのです」
説明に困ったときは精霊を出せばいい。便利だな。
まあ宝は精霊に関わるものだから不自然ではない。レオンも「精霊か。そうか…」などと納得したように呟いている。
「宝のありかを私は知っています」
「なんと。いったいどちらに――」
「お教えしてもいいのですが、それには条件があります」
「それは?」
「宝を入手したら、それをアオイには伝えず、速やかに隣国へ戻っていただきたい。アオイは好奇心から、この地で宝の力を発動しようとするはずだと精霊が言うのです。危険が及びますので、レオン様もくれぐれも、よけいなことは考えないように」
彼は考えるように顎に手を添え、俺を見つめた。
この男はふざけた発言ばかりするが、それは俺の営業スマイルと同じで外面の仮面。本質はまともな男だ。いまも俺の提案を冷静に分析しているだろう。
「条件というのは、それだけですか」
「ええ」
「主教様にどんな利点があるのか気になりますね」
「放っておいたら、あなたはアオイと宝探しを続けるでしょう。アオイを危険に晒したくないのですよ。彼は唯一の浄化者ですから」
彼はなるほどと呟き、しかし即答せず慎重に思案を続ける。レオンにとって美味しすぎる話だ。なにか裏があるのではと思うよな。
しばらくして、ようやく彼は覚悟を決めたように頷いた。
「わかりました。その条件、必ず守るので、宝のありかを教えてください」
よかった。俺は笑顔で頷いた。
「いいでしょう。ところで隣国へ戻って、宝をお渡しする予定の方はどなたですか」
「……皇太子です」
「なるほど。それが今のあなたの本命の恋人ですか」
レオンは恋多き男で有名である。ボツゲームではアオイへの恋心しか描かれていないが、実際はあちこちに粉をかけている。宝を探したいなどと言いだしたのは純粋な善意ではなく、裏に恋の事情が絡んでいるだろうことは想像に難くない。
「俺の心を疑うのですか。本命はもちろん主教様です。主教様への愛は変わらずこの胸――」
「レオン様、正直にお話しくださったほうが好感を持てますよ」
彼が言い終える前にかぶせて言ってやったら、少しだけばつが悪そうな顔をされた。
この場で認めることはないだろうが、彼の態度からすると、隣国の皇太子が本命で間違いないだろう。
「本命の恋人がいることをアオイに伝えてやってください。彼は純情な子です。誑かして利用するのは可哀そうです」
「誑かしたつもりはありませんが……わかりました」
「ああ、そうだ。それから宝についてもう一つ。恋人へのただの贈り物とはしないでください。我が国にとって有益となるように、交渉道具として宝を上手く使えるのであれば、ありかをお教えします」
「わかりました。すべて守ります」
「よろしい。では、お譲りしましょう」
俺の返事に、彼はぽかんとした。
「え……譲るって……」
「神殿の宝物殿の保管庫にあります」
主人公たちが王宮中を探しても宝は見つからない。もしや神殿の宝物殿ではないかということで忍び込んで探してみると、宝物殿の倉庫で発見されるのである。ちなみに宝はペンダントのようなものだ。俺が隠し持っていたわけではなく、俺もそこにあることなど知らなかった。
「保管庫内のどこにあるかまでは定かでありませんが。私は探すのを手伝う暇がありませんので、お一人でお探しください。見つけたらその足で隣国へ。係の者には伝えてあります」
「その足で、ですか……。急がせるのですね」
「急げという精霊の声が聞こえたのです。不吉なことが起きると」
精霊の声は聞こえないけどな。だが不吉なことが起きるのは本当だ。
レオンが表情を引き締めた。
「わかりました……ありがとう、俺の心の恋人。俺に本命がいるとわかっていても宝を譲ると言い、急げとこの身を案じてくれるそのあなたの健気で一途な愛に感動が止まらない。あなたに俺のすべての愛を捧げられたらどんなにいいかと思うのに、ああ、神はどうして」
調子をとり戻して滔々と喋りながら彼が腕を広げて近づく。それをかわし、俺は「では」と短く挨拶して小部屋を出た。
礼拝堂にはデュフール公爵の姿はすでにない。典礼大臣である彼には王宮内に執務室があるため、そちらへ戻ったのだろう。俺は護衛のイリスを伴い礼拝堂を出て、公爵の執務室へ向かった。
礼拝堂は別館で、公爵の執務室は王宮本殿の三階にある。三階は貴族諸侯の私室や執務室が並ぶため、関係者が廊下を行きかう。顔見知りと挨拶し、言葉を交わすほどではない者には会釈をしながら進んでいくと、廊下の向こうから来るカルメ公爵と出くわした。あまり会いたくない相手と出会ってしまった。
「これは主教。相変わらずお綺麗なことだ」
話しかけられたので、こちらも立ちどまる。
「公爵閣下におかれましても、ご機嫌麗しく」
「ちょうどよかった。主教に言っておきたいことがあったのだ。神殿に、コデルリエ侯爵が視察に行っているだろう。あれはあなたの仕事を正当に評価するためのものだ。包み隠さず、彼に打ち明けるように」
「ご助言ありがとうございます。その件についての彼の先月の報告書は、すでに提出されているはずですがご覧になりましたでしょうか」
「さて。どうだったかな」
「閣下のご期待に添うような報告は上がっていなかったはずでございます。今後も同様と思われます。僭越ながらこのままでは団長がお可哀そうですから、よけいな任務からそろそろ解放して差し上げたらよろしいのでは」
「任命したのは私ではない。陛下だ」
「ああ失礼。そうでしたね。ただ」
俺はいつもの微笑ではなく、意味深な笑みを見せてやる。
「私としましては、彼との戯れの時間はなかなか楽しいものですから、続けて寄越していただいてもよろしいのですけれどね」
公爵は不快そうに鼻を鳴らして立ち去る。
ジャブにはジャブで返して再び歩きだし、デュフール公爵の執務室へ向かった。前室にいた侍従に声をかけると、公爵が待っているとのこと。イリスを待たせ、一人で入る。
立ったまま窓の外を眺めていた彼は、しかめ面を俺に向けた。
「昨日、うちで預かっている浄化者が誘拐されたことは聞いたか」
「ええ。ご迷惑をおかけしたようで」
「その件で、国教会の失態をあちこちから追及されそうだ」
だから擁護するから金を寄越せという口ぶりだ。俺は微笑を浮かべた。
「昨夜、私の部下が免罪符をちらつかせながら誘拐犯に尋ねたら、内密のはずの依頼主の身元をあっさり割ったそうです。わざわざその依頼主の元まで案内してくれたそうで。そちらも同様に尋ねたら、これまたあっさりボスを教えたとのこと。免罪符の威力はすさまじくて、我ながら驚いております。蔓の最後まではまだたどり着いていないようですが、今日中には大元が知れるはずです。そうしたら、戦い方が知れるでしょう」
免罪符は販売をやめたが、以前のものが市場に出回っており、効力は失っていない。だからこそ価値が爆上がりしている現状である。罪人を釣るにはうってつけ。
俺の言葉を聞き、公爵はにわかに狼狽えた。
「いや……犯人の追及は、しなくていいだろう。どうせ金目当ての賊だ。それより儂も、近衛騎士団が警護対象を放置していた失態だと追及していくつもりだ」
「そうですか。しかし浄化者は国教会の預かりということになっておりますし、それですと、こちらのほうがやや分が悪い気もしますが」
「そんなことはない。任せておけ」
アオイを誘拐するよう指示した大元は、デュフール公爵自身であった。あえて濁してやったが、確認済みだ。
公爵は、団長へ失態を追求する目的で誘拐させた。ついでに俺からも金を巻き上げられそうだと思いつき、国教会の失態などと言いだしたのだろう。
カルメ公爵が俺を潰そうとしているのに対し、デュフール公爵は団長を狙っている。
これまでどんな罠にも引っかからなかった品行方正な団長が、宰相の寵臣を斬り、しかも即死させるという脇の甘さを見せた。
団長に落ち度はない。しかし相手が悪かった。
公爵はその隙を見逃す男ではない。立て続けに追い詰めることで狙った獲物にダメージを与える。アオイの誘拐だけでなく、他にも計画をしているはずだった。
「騎士団の副団長もな、最近秘かに儂のほうへ寝返った。侯爵が失脚すれば、近衛騎士団はこちらのものだ」
「恐れながら閣下。団長を失脚させる必要はございません」
公爵の視線が問う。俺は嫣然と笑って言ってやった。
「あの男はすでに我が犬でございます。私の命令に忠実に従う番犬。つまり騎士団はすでに閣下のものでございます。ですのでむしろ、あれがいたほうが扱いやすいかと」
「ほう。いつのまに、そのようなことに」
「神殿の視察とやらを逆手にとっただけでございます」
「さすが……それは、あれか。あの堅物も、主教の誘惑には勝てんか」
俺が答えず微笑んでいると、それを肯定と受けとめた公爵が下衆な笑みを浮かべる。
「そうか、なるほど……。主教も悪い男だな。そういえば噂を聞いたな。例の殺傷沙汰は主教が原因と」
「閣下のお耳にも入りましたか」
「やはり本当か。となると、あやつは放置でいいか……。しかし……いくつか仕掛けたうちの威勢のいいのが、動きだしているかな。今更止めるのもな……」
くそ。遅かったか。
「それはどのような」
俺は逸る胸の内を隠し、公爵から詳細を聞きだした。
「では、私が様子を調べてまいりましょう」
どうにかいつも通りに対応して退室すると、イリスを連れ、来た道を急いだ。
「イリス。急ぎます。私も馬に乗せて、今から言う場所へ連れて行ってください!」
ともだちにシェアしよう!