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第48話

郊外の屋敷に次々と着飾った男女が入っていく。その中の一組となった僕と満智子さんは知り合いに頭を下げながら軽く腕を組み歩いて行く。少し離れた場所から和智と団五郎がついてくるのが見える。 「やぁやぁ、まさか皐月くんが来てくれるとは思わなかったな。しかもあんなに美しいお嬢さんを連れて。何と目出度い」 「お招きに馳せ参じました。僕のような陰気な人間には相応しくないと今まで自粛しておりましたが……」 大袈裟な身振りで両手を広げたのは、島田商事の専務であり本日の主役の父上でもある。そして、水仙会で僕に秋波を送って来た一人だ。満智子さんは少し微笑んでから頭を下げて、さり気なく場から離れていった。何かを悟ったのだろう、賢い女性だ。 必要以上に長い彼の握手に悪寒を感じた僕は、笑顔を浮かべながらそっと手を引き抜いた。 「何を言うんだ。君ほど華のある男はそうはいない」 「専務のお気遣い感謝いたします……専務、少しお時間が頂けたら例の桜川海運のお話をしたいのですが?」 桜川海運と島田商事とは長年の付き合いがある。世界に羽ばたく日本の海運会社としては、めざましい成功を収めている企業でもあるが、本業の鉄鋼業界とは取引がない。 桜川海運のトップは堅物で昔気質で有名だ。今日は『婚約者』の満智子さんをお披露目すると同時になんとか彼に桜川海運との道筋をつけて貰おうと話をしにきたという一面もある。 「今日は娘の誕生日で、無礼講だ。仕事の話は明日聞こう」 「ええ、では明日、会社でお時間が頂けますか? 僕がお伺いするか……」 彼の撫でるような手を肩に感じながら、僕は微笑んでみせる。年頃の娘がいる男が、僕を寝所へ誘おうと苦心している姿はとても醜く見えた。たとえ彼の外見が、フチなしの眼鏡の似合う美形で知的な壮年であったとしても。 「……君がどうしてもと言うなら、あちらの部屋で聞いてもいいけれど」 「いえ、こちらで……」 華やかな会場となったホールから僕を促す先は、彼の執務室であろう場所だ。勿論、他に人はいない。主役である娘に紹介するよりも先に僕の身体をご所望とは。彼のあまりの余裕のなさに驚きを隠せない。 「込み入った話になるかもしれないだろう? いいからこちらへ来なさい」 「詳しい内容は後日書類を纏めて専務にお話し……すまない団五郎、満智子さんを頼む」 半ば強引に背を押されて部屋へ連れ込まれる。念の為近場にいた団五郎に満智子さんの事を頼んでおくのは忘れない。団五郎は頷いて静かに満智子さんの元へと歩いて行った。 「君は本当に、日々麗しい雫を纏う、奇跡と呼ばれる青いバラの花びらのようだ」 「……松平専務、お戯れを」 扉が閉まると共に、すぐにその扉へと押さえつけられた。逃げ道は覆いかぶさって来た背の高い彼の両腕でもって塞がれる。 「華奢な身体だ。しっかり食べているのかい」 「運動不足なだけで……お恥ずかしい」 僕を舐めるように見下ろした松平専務が囁くように言った。僕はにっこりと微笑みを浮かべて彼を見上げた。 「女よりも白い肌をして」 「毎日仕事ばかりしておりますもので……専務、おやめください」 頬を人差し指の背で撫でられて肌が泡立つのを感じた。そのまま喉を伝って、胸元を弄られる。 「僕に心を開いてくれないか、皐月くん。そしてこの身体も……」 「御冗談を、専務……僕は男です」 僕は口元に笑みを浮かべたまま、彼の手を掴んだ。視線を鋭くするのも忘れない。 「知っている。僕もそうだ。君の父上は本当に美しく、恐ろしい人だった。君は彼に瓜二つだ……」 「あのように素敵なお嬢さんがいらっしゃって、このような事をしてはなりません」 彼は僕の耳に柔らかく口づけを落としながら、夢を見るように呟く。きっと彼は僕を通して父の姿を見ている。恐らく父は彼の手に入らなかった。彼にとって僕は父の代替品でしかないんだろう。 「そうして刺を剥き出しにしている君も美しい。肌が傷ついても触れたくなる」 「僕が欲しいのですか、専務?」 なるべく父に似ているように願いながら、挑発的な表情を作って彼を見上げた。 「皐月くん、意地が悪いな。これで分かるかい?」 「でしたらしっかりと手入れをして頂かなければ。この花は虫が喰いやすく繊細ですから」 松平専務は僕の腰を持って抱き寄せると、自らの身体の中心を押し付ける様にして眉をあげた。彼のそれは既に固くなっていた。 「僕の力量を試す気かな、皐月くん」 「そのような大それたことは。頼りない僕はただ松平専務の力強い腕にすがっているだけです」 僕に回される腕に指をやり撫でるようにすると、面白いように彼の身体が跳ねた。 「この松平を顎で使おうとは。末恐ろしい当主だね。いいだろう、何かあったら僕の元にきなさい、皐月くん」 「……専務……んっ」 後頭部を掴まれて深く口づけられる。彼は数秒で直ぐに離れると溜息をついて口を開いた。 「いっそ忌々しいほどだ、その美しさが。欲しい」 「あっ……んっ……ふっ……んんっ」 次は本格的に舌を貪られて息が詰まる。執拗な熱の入った彼の口づけに嫌悪感しか浮かばない。彼の手が僕の腰を弄り出したころ、僕の背中にあるドアにノックが響いた。 『旦那様、こちらにいらっしゃいますか? お嬢様がお探しです』 「……ああ、分かった。直ぐに行く」 僕から離れた松平専務は、心底忌々し気にドアの外に言った。僕はそっと息をついて口元を手の甲で拭った。 「松平様、それではまた明日、正式にお時間を頂きます」 「いいよ……君のためなら、いくらでも」 僕は彼の胸に手をやって念を押した。名残惜しそうに僕を見下ろした松平専務は、そう言って僕の髪を撫でてから出て行った。 「終わりましたか、皐月様」 「お、終わったよ……助かった、和智……」 代わりに顔を出したのは、澄ました顔の和智だった。僕は盛大に肩を落として和智へもたれ掛かった。 「唇が赤くなっている。吸われましたね」 「……君が忘れさせてくれるんだろう?」 くっきりした二重の、彫の深い目元を細めた和智が僕の唇を親指で撫でる。僕は和智の胸に頭を預けたまま言った。 「本当に、悪い男になりそうです……皐月様は」 「君には及ばないよ、和智。さあ満智子さんを待たせている。早くエスコートしなくては」 大きく溜息をついた和智が、天を仰ぐように瞳をあげてから強く僕を抱きしめた。逞しい腕の中が心地よく、僕は目を閉じて和智の香りと体温をひと時味わった。
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