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隣人
午前一時を過ぎたマンションの廊下を、橘十希 は隣を歩く女と並んで歩いていた。
飲み会帰りだ。
女は楽しそうに話を続けていて、十希も適当に相槌を打ちながら自室へ向かう。
こういう夜は珍しくなかった。
友人と飲みに行って、その流れで誰かと一緒に帰る。
深い意味なんてない。
ただ、一人で過ごすより賑やかな方が好きなだけだ。
「十希くんって絶対モテるよね」
「そう?」
「もしかして自覚ない?」
十希は曖昧に笑った。
言われ慣れた言葉だったし、返事もいつも同じだった。
部屋の前で立ち止まり、ポケットから鍵を取り出す。
その時、隣のドアが開いた。
反射的に視線を向ける。
現れたのは黒髪の男だった。
スーツ姿が良く似合う長身の男で、仕事帰りなのか少し疲れた顔をしている。
たぶん隣人だ。
何度か見かけたことはあるが話したことはない。
男もこちらに気づいたらしく、一瞬だけ目があった。
その視線は十希と女を見て、すぐに逸れる。
まるで興味がないと言うように。
「こんばんは」
なんとなく声をかけると、
「どうも」
返ってきたのは短い言葉だけだった。
男はそのままエレベーターへ向かう。
閉まりかけた扉の向こうでネクタイを緩める姿が見えた。
愛想のない人だなと思いながら鍵を回す。
それなのに、部屋へ入ったあともなぜかあの横顔だけが頭に残っていた。
部屋に入ると、女は「広っ」と声を上げた。
リビングはひとりで暮らすには十分すぎる広さがある。
親が用意した部屋だ。
家賃も光熱費も気にしたことはない。
「飲みなおす?」
「のむ!」
十希は冷蔵庫から缶を取り出した。
適当にテレビをつける。
適当に話す。
いつも通りの夜だ。
なのに不思議だった。
さっき見た隣人の顔が頭から離れない。
愛想もなく、話しかけても反応は薄い。
それなのに妙に印象に残っている。
「十希くん?」
「ん?」
「聞いてる?」
「きいてるきいてる」
適当に返事をしながらソファへ腰を下ろす。
女もその隣へ腰を下ろした。
女はお構いなしに十希へ唇を重ねた。
十希もそれを拒まずに受け入れる。
静かな部屋にはテレビの音だけが流れていたはずなのに、やけに近くで息が混じる音がした。
慣れた手つきで、女の服を脱がせていく。
何度も唇を重ねながら。
「と、きくんっ、」
苦しそうな吐息。
相手は楽しそうなのに、十希はどこか冷めていた。
何度も繰り返したことのある行為なはずなのに、今日は妙に気が散った。
ふと脳裏をよぎるのは、さっき廊下で顔を合わせた隣人だ。
愛想のない横顔がなぜか離れてくれなかった。
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