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隣人トラブル(?)②
一階へ着くと、男はそれ以上なにもいわずエレベーターを降りていった。
十希も少し遅れてその後を追う。
マンションを出たところで自然と進む方向が分かれ、その背中はあっという間に人混みの中へと消えていった。
無愛想な人だなと思いながら駅へ向かったはずなのに、気が付けば頭の中ではさっきの会話を何度も思い返していた。
――毎晩丸聞こえですよ。
言い方は淡々としていたくせに、妙に耳に残る。
「そんな引きずる?」
誰に言うでもなく呟いたところで、ちょうど電車がホームへ滑り込んできた。
流れていく景色をぼんやり眺めながら、今日は人を呼ぶのをやめようと決めた。
べつにあの男から言われたからとかではなく、なんとなく。
なんとなく、そう決めた。
そんなことを考えているうちに電車は最寄り駅へ到着した。
いつも通り改札を抜け、大学へ向かう。
十分ほど歩くと、見慣れた校舎が見えてくる。
「うわ!珍しいのがいる!」
背後から聞き慣れた声が飛んできて、十希は振り返る。
手を振りながら駆け寄ってきたのは同じ学部の友人――橋本海星だった。
先週はほとんど顔を出していなかったせいか、久しぶりだの生きていただの好き勝手言われる。
「なんで今日は来た?なんかあったのか」
「目が覚めた」
適当に返すと、海星は胡散臭そうな顔をした。
納得しないのは伝わってくるけれど、追求する気はないらしい。
十希もそれ以上、話を広げることもなく教室へ向かう。
講義が始まれば隣人のことなんて忘れると思っていた。
けれど現実はそう上手くいかず、教授の声を聞き流しながら頭に浮かぶのは今朝の出来事ばかりだった。
「お前今日なんか変じゃね」
隣から声をかけられ、十希は顔を上げる。
いつの間にか講義は終わっていたらしい。
「そう?」
「さっきからずっとぼーっとしてる」
言われてみればそんな気もする。
十希は椅子の背中にもたれながらため息をついた。
「隣人に怒られた」
「なんで」
「毎晩丸聞こえだって」
海星は一瞬だけ黙ったあと、盛大に吹き出した。
「そりゃ怒られるだろ」
「しかも、やるなら相手の口押さえてしろって」
「え?」
海星の動きがぴたりと止まる。
数秒黙ったあと、信じられないようなものを見る目で十希を見た。
「似た者同士ってこと?」
「は?」
意味がわからず海星の方を睨みつけると、呆れたように肩を竦めている。
「普通そんな発想出てこないだろ」
確かに言われてみればそうかもしれない。
けれど、あの男は終始真面目な顔をしていたし冗談を言っているようには見えなかった。
それを思い出した途端、また笑いが込み上げてくる。
「変な人なんだよなー」
ふと出た言葉に海星はしばらく黙った。
それからじっと十希を見ていた。
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