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偶然③

気付けばテーブルの上には空になったグラスがいくつも並んでいた。 どれだけ飲んだのかは覚えていないが、頭はぼんやりするし身体も妙に重い。 隣では海星たちがまだ騒いでいるのものの、その会話も半分くらいしか耳に入ってこなかった。 帰らなきゃなと思いながらも、席を立つ気になれず十希はテーブルへ頬杖をつく。 そのまま周りを見渡すと、数時間前まで賑やかだった店内も少しずつ客が減っているようだった。 「十希生きとるか」 名前を呼ばれ顔を上げる。 海星が呆れた顔でこちらを見下ろしていた。 なにか言われている気がするのに頭がまわらない。 適当に返事をすると海星はますます嫌な顔をした。 「のみすぎ」 普段あまり酔うことがなかった。 そう言われて初めて、自分が思った以上に酔っていることへ気付く。 立てと言われて身体を起こしてみたけれど足元はふらつき、そのまま海星の肩へ体重を預けた。 「おもっ」 文句を言う声が聞こえる。 けれど今はそれすらどうでもよかった。 海星は困ったように辺りを見回すと、近くにいた友人たちへ声を掛ける。 誰か送れないかという話になったらしいが、みんなそれなりに酒が入っている。 結局これといった案が出ないまま、時間だけが過ぎていった。 その時だった。 「隣ですから」 低い声が聞こえる。 聞き覚えのある声にゆっくり顔を上げると、少し離れた場所に立つ男がこちらを見ていた。 相変わらず無愛想だったけれど、その視線は真っ直ぐ海星へ向けられていた。 「ついでに連れて帰ります」 その言葉に真っ先に反応したのは海星だった。 助かったと言わんばかりに顔を明るくしながら、何度も頭を下げている。 十希はぼんやりとその様子を眺めていた。 何を話してるかよくわからない。 ただ海星が自分を指さしたり、男へ頭を下げたりしていることだけはなんとなくわかった。 そのうち、肩を叩かれ立つよう促される。 素直に従ったものの、足元はおぼつかない。 一歩踏み出したところで身体が傾き、危うく転びそうになった。 その腕を掴んだのは男だった。 「歩けますか」 低い声が頭の上から降ってくる。 歩ける。そう言いたかったのに、足は全く言うことを聞かなかった。 会計を済ませようとポケットへ手を突っ込む。 財布を出したつもりだったのに掴んだのはスマホだった。 何度も探るが、出てきたのは財布じゃない。 海星たちの心配する声がなんとなく聞こえてくるけれど、財布が見つかったとしてもまともに支払いできる気がしなかった。 その様子を見ていた男が小さくため息をつく。 次の瞬間、会計票が男の手に渡っていた。 「え」 十希が反応するより早く支払いを終わらせると、男は受け取ったレシートを海星へと差し出した。 「とりあえずこの子の分、立て替えときます」 海星が慌てて頭を下げる。 十希は状況を理解するのに少し時間がかかった。 そうしている間にも、男は十希の腕を肩に回して出口へ向かって歩き出した。 「行きますよ」 酔った頭では逆らう気にもなれず、二人はそのまま店を後にした。

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