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酔った勢い

店を出ると、夜風が頬を撫でた。 少しは酔いも覚めるかと思ったけれど、そんなことはなくむしろ外の空気を吸ったせいで気持ち悪さが増した気がする。 隣を歩く男は相変わらず無駄なことは話さない。 その沈黙に助けられながら、どうにか足を動かしていると不意に頭の上から声が降ってきた。 「タクシー呼びますか」 十希はゆっくり顔を上げる。 タクシー。その単語を聞いただけで胃がひっくり返りそうだった。 首を横へ振る。 けれどその程度の動きですら気持ち悪い。 「むり」 「歩けますか」 「吐きそう」 正直に答えると男は黙り込んだ。 呆れているのかもしれない。 それでも置いて帰ることはせず、歩幅を合わせるように隣を歩いてくれる。 そのおかげでどうにかマンションへたどり着いた頃には、酔いより疲労の方が勝っていた。 エレベーターを降り、自分の部屋の前まで来たところで男が足を止める。 「鍵、出せますか」 ポケットへ手を突っ込んでみるものの、上手く見つからない。 何度か探り直したあと、ようやく見つけた鍵を男へ差し出した。 男はそれを受け取ると慣れた手つきでドアを開ける。 これで役目は終わりだと言わんばかりに鍵を返され、十希はぼんやりとそれを受け取った。 どうやら本当に帰るらしい。 ここまで連れてきてもらったのだから当然だとは思う。 けれど背中を向けた男を見ていると帰すのには惜しい気持ちになる。 酔ってるせいなのかもしれない。 気付けば十希は男の腕を掴んでいた。 男が振り返る。 相変わらず感情の読めない顔だった。 「どうしました」 呆れたような声に、十希はわざとらしく笑う。 「帰る気ですか」 「帰ります」 即答だった。迷う様子すらない。 冷たいなと思う反面、これが普通なのかとも思う。 けれど今日はそんな正論を聞きたい気分ではない。 「ここまで送っといて放置するんですか」 半分冗談のつもりで言うと、男はため息をつく。 その反応がなんだか面白くて、十希はさらに距離を詰めた。 「今日めちゃくちゃ親切だったじゃないですか」 「そうですね、十分に」 「じゃあもう少し親切にしてください」 そう言いながら男のネクタイを引き寄せた。 男は露骨に嫌そうな顔をしたが、振り払おうとはしなかった。 酔っ払い相手だから諦めてるのかもしれないし、もしかしたらとうとう男にまで手を出し始めたのか、と呆れられているのかもしれない。 それでも十希は少しだけ気分が良くなる。 「このままだと死ぬんで」 もちろん本気で言っているわけではない。 ただ、ひとりで寝るには少し酔いすぎていた。 男はそれもわかっているのだろう。 呆れたように十希を見下ろしたまま、しばらく何も言わなかった。

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