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酔った勢い②
見つめられたままの沈黙が妙に居心地が悪くて、十希は誤魔化すように笑った。
「そんな嫌そうな顔しなくても。看病くらいしてくれてもバチなんて当たんないと思いますけど」
それでも返事はなかった。
けれど帰る気配もない。
だから大丈夫だと思った。
なにもかもを全て酔いのせいにして。
いつもより気が大きくなっていた十希はさらに距離を詰めた。
「ほら、ただの隣人だし」
我ながら意味の分からない理屈だった。
それでも押し切れる気がしていたし、この男は結局断れない人間なんだろうなと勝手に思い込んでいた。
意外とちょろい。
「今さら他人行儀やめましょうよ」
そう言いながら一歩近づく。
男は避ける様子はない。
それどころか視線ひとつ逸らさないまま十希を見ていた。
その反応がさらに十希を気分よくさせていく。
「もしかして俺のこと意識してます?」
完全に調子に乗っていた。
だから次の瞬間、自分の腕が掴まれたことにも反応が遅れる。
ぐい、と身体が引かれた。
酔った足では踏ん張ることも出来ず、そのまま体制が入れ替わる。
気付けば背中はドアへ押し付けられ、さっきまで見下ろしていたはずの男を今度は見上げていた。
乗せられやすいタイプなんだと思った。
男とはしたことないけれど、女と同じように愛せば余裕だと思っていた。
男はため息をつく。
それからほんの少しだけ首を傾げた。
「で」
低い声だった。
今まで聞いていた丁寧な口調とは違う。
ぞくりとしたのは酒のせいだけではなかった。
「ここからどうすんの」
その言葉に、十希は思わず目を見開いた。
――どうするとは。
だいたいこの流れなら何をしたいのか分かるはずなのに、思ってもみない方向から返されたせいで頭が真っ白になる。
冷たい目でこちらを見る男から視線を逸らすことも出来ず、十希はただ瞬きを繰り返した。
「教えてよ、続き」
からかうような声だった。
けれど目は笑っていない。
さっきまで余裕だったのは自分の方だった。
適当に距離を詰めて、適当に冗談を言って、この男も困らせられると思っていた。
それなのに気付けば立場は逆転していて、背中を押し付けられたまま見上げるしかない自分がいる。
「……なんですかそれ」
どうにか絞り出した声は思ったより頼りなかった。
男はそんな十希を見下ろしたままため息をつく。
呆れているようにも見えたし、面白がっているようにも見えた。
ただひとつわかるのは、この男には最初から余裕があったということだ。
「やっぱり男には抱かれたことないんだな」
その言葉に十希は息を詰まらせる。
反射的に言い返そうとしたのに、上手い言葉が出てこなかった。
自分が見下ろされる立場になるなんて想像していなかった。
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