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指先の熱 side千尋

「爪、とうとう全部無くなっちゃったなぁ」 真昼間の喫茶店で暖かいココアを飲みながら、包帯だらけの指先を見つめた。 動かす度にズキズキと痛む指先は、鮮明に昨日の行為を思い出させてしまう。 もう大抵のことじゃ泣かないと思っていたけれど、さすがに爪を剥がすのは痛かったなぁ。 なんでもしていいだなんて言ったけど、こうも肉体的にやられるとは思わなかった。 11月の半ばだというのに世間はクリスマスムードに姿を変えて、飲食店には派手な装飾が施されていたり、サンタの格好をした女性がポケットティッシュを配っている始末だ。 気を紛らわすために店内を見渡せば、店内には何人ものカップルが居て幸せそうに会話を交わしていた。 ……羨ましい、なんてね。 「恋人同士でたわいもない会話をして、ごくありふれた日常を2人で共有する」なんて事を一度はやってみたいものだけれど、きっと俺には難しい話だ。 日常なんてものに幸せを見いだせだことはないし、ましてや想像なんてつかないから。 飲みかけのココアを飲み干して、ふぅ、と溜息をついて席を立つ。 「お会計お願いします」 レジに伝票を出すと、大学生ぐらいの男の子が伝票を受け取って精算を始めてくれた。 「伝票お預かり致します。350円です」 そう言われてゆっくりとカバンから財布を出したけれど、どうにも上手く小銭がつかめない。 どうやら爪の無い指先ってのは凄く不便なもので、財布から小銭を出すことさえ難しくなってしまうみたいだ。 「ごめんなさい、ちょっと待ってくださいね」 「……指、どうされたんですか?」 「あ、えっと……ちょっと挟んじゃって」 へら、と笑って答えたのに店員の男の子は不思議そうに俺の指を見て首を傾ける。 話し掛けてくるとは思わなかったけれど、まぁ、両手の指先全部包帯だらけならそうなるよねぇ。 「350円、丁度いただきます。レシートのお渡しです」 「ありがとう、もたついちゃってごめんね」 頭を下げると、レジの男の子は優しく微笑んでくれる。 「いえ。それより指、お大事にして下さい」 「ありがとう」 まさか喫茶店の店員さんに心配されるなんてなぁ。 喜んでいいのやら、悲しんだらいいのやら。 喫茶店を後にして、ふらふらと街を歩いていると後ろポケットからバイブ音。 ポケットからスマートフォンを取り出して見ると、ロック画面には「新しい人が来るから、楽しんでおいで」という恋人からのメールが表示されていた。 恋人、なんだよね。多分。 「……また知らない人、かぁ」 今月は新しい人ばかりで気が狂っちゃいそうになるなぁ。顔も名前も覚えられやしない。 それに、昨日爪剥がされたばかりでまだ痛いしお腹もまだ痣だらけなんだけどなぁ。 だけど、今ここで逃げたりなんてしてしまったら俺の存在意義が無くなってしまうだろうから。 それに痛いのは好きだし、……いや、違う。 俺に痛みを与えて喜ぶ人の顔は好きだしね。 暴力で必要とされる満足感を得られる俺と、痛みを他人に与える事で満足感を得る人間。 どちらも満足するならそれは、とても幸せな事だと思うから。
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