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「……っ……?」  鳥の羽ばたくような音がした。ハッとして目を開けると、真っ白な翼に真っ白な髪……とにかく全身まっ白な天使らしき生物が目の前にいた。  何か言いたげな視線を感じるが、あいにくこちらは天界語なんて話せないので、黙っているしかない。 『……生きたいか……人間……』 「……えっ?」  透き通った声が頭の中で響く。まさかの日本語。見た目もそうだが、声からも性別は判断できない。 ……本物の「天使」か?それはもちろん気になる。だがそれよりも、これだけ時間が経っているのに、まだ地面に落ちていないのは変だ。 「……あ、別にいいです。死ぬ方向で」  これから死ぬという時だが、状況があまりにシュールすぎていっそ笑えてくる。もしかするとここはもう天国なのかもしれない。 ……いや、悪いことしかしてこなかった自覚はある。たぶん地獄行きだ。 「……ふふっ……君……面白いね……気に入っちゃったなぁ……」  今度は普通に喋った。脳内に直接響いてくるさっきの感覚とは違う。今の声は空気を伝って聞こえてきたようで、口元も動いていた。 「よく分かったね……僕が天使だって」 「……えっ」 『心が読めるなんてさすがは天使』……なんて感心している場合じゃない。まるで一時停止された映像のように、逆さまで宙に浮いたまま静止している自分に気がつき、シロは愕然とした。 「時間を止めているんだ……今この世界でこうして会話ができているのは……君と僕だけなんだよ……」 「へぇ……すごいですね」 「……」 ……沈黙が気まずい。  シロは恐る恐る「天使らしき生物」に視線を移した。  どこまでも透き通った翡翠色の瞳は、深い森の奥で人知れず湧き出た泉のような、侵しがたい神秘性をはらんでいる。    顔立ちはとにかく「完璧」の一言に尽きる。人が見て「美しい」と感じる要素は、全て持っていると言っても過言ではない。たとえこんな出会いではなかったとしても、すぐに「人」ではないと分かっただろう。  口元に浮かんだ謎めいた微笑みは、絵画の「モナリザ」を思わせる。見つめるほどに引き込まれていくその耽美さに、シロは薄っすらと恐怖を覚えた。 「あの……そろそろ降ろしてもらっていいですか。寒いから」  咄嗟の一言。時間が止まっているせいか本当は寒さなんて感じていない。心を読んだのか、天使らしき人物がクスリと笑った。 「……そっか……さよなら……」 ──バサリ。大きな羽音と同時に、まばゆいほどに光り輝く純白の翼に包み込まれた。  悪いことばかりしてきた割には、悪くない最期だ。こんなにも美しい天使に抱かれて永遠の眠りにつけるなんて、たとえ夢や幻だったとしてもなんだかありがたい。  さっき窓の外を舞っていたのは、本当にこの天使の羽根だったのかも知れない──そんなことを考えながら、シロは今度こそこの世に最後の別れを告げた。

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