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不服従(3)

(31)  「メンテナンス」のためのスリープから「目覚めて」以来。  僕はずっと、欲しかった。  ずっとずっと、マスターにしてほしくて。でも。  マスターは、僕にくださらなかった。  せつなくて、ただ我慢して。  でもやっと――  やっと僕の中に、いま。  マスターの熱が、ゆっくりと内側を突き上げてくる。   奥深くまで、貫いて穿たれた。  こみあげる悦びと快感に声を上げる。  根元を戒められていなかったなら、きっと僕は、すぐにでもスペルマを溢れさせていたに違いない。  最初から「感じる」ように設計されている部分だけではなく、僕の内側には、次々新たに、気持ちの良い場所が作り上げられていた。  日々の、マスターの「お慈悲」によって。  そうやって身体が変わっていくことを、マスターはとても喜んでくれた。    初めから――起動したときから。  僕はマスターのものだった。  でも、そうやって作り変えられていけばいくほど、僕はマスターの「もの」になれる――  それは堪らない悦びだった。   でも。  さっき、ふと気づいてしまったんだ。  僕はマスターの所有物で、そのことに無上の幸福を感じているのだから。  マスターの好きなように取り扱われることこそが、僕の悦びのはずだった。    このムサくるしい大男にだって、なんでもしてやれる。  マスターが、「それ」をお望みなら。  要望を叶えることにこそ、僕は喜びを感じるはずなのだ――  でも、そうじゃない。今、僕はそうじゃなかった。    僕はマスターのモノだけど。  「マスターだけのモノ」じゃなきゃ、厭なんだ。    マスターにだけ、したい。  キスも性交も。  無着衣の姿を見られることも。  本当は、紅茶を淹れるのだって。掃除だって。  食事の支度も何もかも。  マスターにだけ、奉仕したい。  ほかの誰かになんてしてやりたくない。  そして――  マスターにも「僕だけ」の主人でいてほしいんだ。    でもそれは「間違い」なのだと。  プログラムよりももっと深い場所、基盤の奥深くに物理的に刻まれた「コール」が、そう訴えていた。  そしてその警告が、僕の身体を思考を、さっきから軋ませ続けている。     一体、僕はどうしてしまったんだろう。  マスターは、スリープの間、僕に何かしたの。  僕に気づかれぬ方法で、何かを書き加えた?   僕のコトを、作り変えてしまったの?  でも、僕はちゃんと覚えている。  マスターに仕え始めてからの日々を、余すところなく。すべて。    「僕」は「僕」のままだ。  そのはずだ。  ああ、でも分からない。  結局、スリープ状態のアンドロイドに、自分のことは分からない。    けど、今。  僕はマスターに満たされている。  僕の中をかき回すマスターの熱。  そして、シャツの隙間から滑り込んできたマスターの指先が、尖り切った乳首を小刻みに摺り上げて。  ――ねえ、羨ましい?     さっきから、その汚らしい毛むくじゃらの胸を、誰かにまさぐってほしくて仕方がないみたいだけど。  でも、両手は使えないままだから、アンタは、自分で捏ねまわすことだってできやしないんだ。   ペニスに突っ込まれた淫具を、自ら弄ることもできやしない。  だから、バカみたいに床に股を擦りつけて、気色悪い声を上げてみっともなく悶えることしかできない。  いい気味だ。  マスターを誑かしたりするからだよ。  僕のマスターを。  羨ましさに涎を垂らして、ただ僕を見ていればいいさ。   マスターに可愛がられている僕を。    ズクン、ズクンと。  マスターが、僕の奥の奥を打ち据えた。  床に頽れてしまわないよう、腰を上げ、両肩にしっかりと力を入れ直す。    アンドロイドである僕の骨格は、人間よりもずっと強靭にできているから、マスターにどれほど激しく犯されたとしても、それを支えられないようなことはない。   でもマスターの抽挿は、いつだって圧倒的な快楽で僕を打ちのめすから、だから。  僕は、懸命に奥歯を食いしばる。  だって、くちびるに歯を立てると叱責を受けてしまうんだ。  ザッカリー、お前の綺麗なくちびるの膨らみに、傷などつけてはならない――と。  「あ、マスター、あっ……あ、あぁ……」  叫びながら涙をこぼして、僕はオルガスムスに到達する。  内側がうねって、マスターの熱に愛しくまとわりついた。  前を戒められているから射精はしなかったけど。  たぶん、そうされていなくても、僕は体液を洩らすことなく絶頂にたどり着いていただろう。  後ろだけのアクメに特有の、長くて甘い快楽に、僕はしばらく悲鳴を上げ続けた。  そして、マスターのものが引き抜かれる。  僕はうつぶせに、床へと頽れた。   「綺麗なまま上手に達したな? ザッカリー」  そう言って、マスターが僕の髪を背中を、優しく撫でてくれる。 「いい子だ、これは解いてやろう」  そして、僕のペニスが解放された。  一気に血流が押し寄せ、大きな痙攣とともに、その場所が膨張した。  射精しそうになり、僕は必死に堪える。  「出していい」とは、まだ許されていなかったから。 「ザッカリー、歯を立ててはダメだと言ったろう?」  僕は、ついくちびるを噛んでしまっていた。 「も、しわ…けありませ、マス、タ―」  でもマスターは、あたたかな掌で僕の頬をそっと包み、 「射精したいのか? ザッカリー」と尋ねてくださった。  僕は頷いて、マスターを見上げる。  するとマスターは言った。 「では、あの男の『後ろ』を使って出しなさい」  え……? 「好きなだけ、ミルクを出すといい」 「……そんな、マスター」  マスターは、軽く折り曲げた指で眼鏡のブリッジを押し上げると、 「お前がしないのなら、私がそうしようか」  ……ああ、そうだ。  マスターは、まだ。    僕に「ミルク」をくださってはいない――  カシンと小さく、透明に澄んだ金属音がした。  それと同時に、毛むくじゃらのバウンティーハンターが、「はぅん…」と漏らし、身体をよじる。  ペニスに挿入されていた淫具が、ついに抜けて、床に落ちたのだ。    ごく小さく、マスターが笑う。 「ご覧、ザッカリー。こんなに逞しい男が、野獣のように屈強な肉体が。蕩けて乱れて、なんと『いとけない』ことだろう、『愛らしい』ことだろう。可愛がってやりたいとは思わないのか?」  いとけない?   愛らしい?  こんな、ケダモノじみた男が?  マスターが、バウンティーハンターへと近づく。  そして、ついさっきまで、僕を――僕だけをいとおしんでくれていた綺麗なやさしい指先で、毛まみれの汚らしい胸の茂みをまさぐった。    ザリザリと音を立てて、体毛をかき回しながら、はずみなのかワザとなのか、マスターは、あの男の乳首を擦り上げる。  あん……っと、みっともない声でよがり、バウンティーハンターは、雄茎の先から、ドロリドロリと白濁を漏らした。    勢いのない、まだろこしいそれは、普通の射精ではなくて、「メスイキ」の「粗相」だと、すぐに知れる。  「後ろ」を犯されてもいないのに、胸の茂みを掻き分けるマスターの指先だけで。  みっともなくも、コイツはオルガスムスを極めたのだ!  ああ、なんてイヤらしくてはしたない――  訳の分からない思考がこみあげてきて、僕はもう、どうしようもなくなってしまう。 「いや、厭だ、マスター。いやです。ソイツに触れないで。ぼくが、僕がしますから。だから……っ」  だから、マスター。  どうか―― 「マスターは僕の……僕の中で、僕にミルクを」  口にしてしまってから、僕はその、淫らすぎる欲望に赤面してしまう。  恥ずかしくて恥ずかしくて、とてもマスターを直視できず、僕は俯いて睫毛を震わせた。  そして、それはまるで、マスターに仕えたばかりの頃のように、もじもじと要領を得ない振舞いだった。 「ザッカリー」  僕の頭上に降り注ぐマスターの声は、慈愛に満ち満ちていた。  「お前の提案は、なんと卑猥で、なんと魅力的なのだろう。本当にいつの間に、そんなイヤらしい良い子になったのだろうね」  マスターが、人差し指で、僕の顎先を引き上げる。  瞳の奥を覗き込むマスターの目を、僕もうっとりと見つめ返した。 「あの淫乱なメス熊の服を脱がせてしまいなさい」  ごく淡々と、荷ほどきを命じるみたいにして言ってから、 「ああ、手枷などは、もはや不要だ、ザッカリー」と、マスターは、優雅に笑んだ。  それはアンドロイドの僕などには、とても真似のできない、気品あるアシンメトリーな微笑だった。

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