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第1話
時計の針は十八時ジャスト。退勤記録を入力して、パソコンの電源を落とす。
勤務時間は九時から十八時まで、残業はほとんどしない。
高遠雅之はデスク周りを綺麗に片付けると、腰掛けていた椅子からすっと立ち上がった。そんな雅之に、周りの同僚たちは「お疲れ様」と声をかける。
その声に「お先に」とにこやかに返して、雅之はデスクの足元においていた鞄を手に、仕事場をあとにする。足早に会社から最寄りの駅に向かい、やってきた電車に素早く乗り込む。
多少混み合っていても電車を見送ることはない。雅之には急いで向かわなければならない場所があるからだ。
「このぶんだといつも通りに着くな」
腕時計に視線を落とした雅之はほっと息を付いた。
向かう先、そこは私立ひびきの保育園――若い保育士が多いが、それを指導する園長が大らかながらも、しっかりとした人柄で。安心して子供を預けられると、巷で評判がいい保育園だ。
園はのびのびとした雰囲気。広い敷地には小さな畑などもあり、子供たちの笑い声がよく聞こえて、和やかだと近隣からの声も上々。
お迎えは連絡さえしっかりとすれば、日付が変わる前までは待ってくれる。
忙しいシングルマザーや、共働き夫婦にますます好印象。ただしあまりそれが続くと園長から、厳しいお説教があるとかないとか。
雅之はよほどでない限り、残業をすることはないので、その経験はまだない。
経験ある人たちの話では、園長からのお言葉は最も過ぎることばかりで、頭が上がらないらしい。
とはいえそんなことがあっても、任せたい。そう思われるのだから、安心してもいいだろう。
「高遠さんお疲れ様」
「あ、お疲れ様です」
そんな人気の高い保育園を運良く利用をし始め、半年ほど。雅之は同じ時間帯に顔を合わせる、お勤め帰りの母親たちとだいぶ顔見知りになった。
会えば必ずと言っていいほど、声をかけてくれるので、どの子の母親かもわかるようになってきた。
しかしなぜ毎日声をかけてくれるかは、雅之はイマイチわかっていない。興味がないものには関心が湧かないためか、こういうものなのだろう、という認識程度しか持っていなかった。
「今日も高遠さん素敵ね」
などという会話はもちろん耳に届いていない。
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