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第5話 はじまり(1)
それからマンションまで、無言のまま二人で歩いた。青年は電池の切れかけた、おもちゃのように歩みが遅く、時折ついてきているか確認してしまうほどだった。
それでもなんとか部屋にたどりつくと、まず濡れ鼠の彼を風呂場に押し込んだ。
一人で大丈夫だろうかと心配にもなったが、数分もすればシャワーの音が響いた。その音を聞きながら、彼が着ていた服を洗濯ネットに入れて、洗濯機の中に放り込む。
「着替えはとりあえずなんでもいいだろう」
彼は自分と比べると肩幅も広く、しっかりとした身体付きをしていた。やせ気味だと言われる自分の服は、入らないかもしれない。しかし裸で置いておくわけにもいかないだろう。
しばらく悩んで、寝室にあるクローゼットを漁ってみると、サイズを間違えて買ったTシャツが、放置されているのを見つけた。
上はこれでなんとかなるだろう。
下はスウェットでいいかと適当に見繕う。下着はコンビニで買ったものがあるので、それでいいだろうと、とりあえず着るものはひと揃えした。
「温まった?」
二、三十分経った頃、用意したものを身につけた青年が、風呂から上がってきた。Tシャツは丁度いいが、スウェットは少々寸足らずのようだ。
自分も百八十センチと背の高いほうだが、彼はそれよりもさらに高い。しかしその格好で外へ出るわけでもないのだから、まあいいだろう。
冷え切って、紙のように白くなっていた頬には血色が戻り、健康そうな色つやをしている。人形みたいだった容貌に、息が吹き込まれたかのようで、その見目のよさがさらに引き立った。
「こっちに来て座りな」
立ち尽くしている青年に声をかけて、リビングのソファに座るようそれを叩いて促す。すると彼はまっすぐに、こちらへやってくる。
促されるままにソファに腰を下ろし、一言も喋らないところも相まって、ますます犬みたいだなと笑ってしまう。
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