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第8話 日常(1)

 突然始まった、少し奇妙な同居生活は思ったほど、居心地が悪くない。むしろいいと思えた。  リュウは素直で、まっすぐな性格をしているので「ノン」と言えばすぐに従う、まるで忠犬のようだ。  吸収して覚えるのも得意なようで、数日を過ぎたいまは、言葉もだいぶマシになってきた。  言葉を交わすようになってからは、ぼんやりと遠くを見つめることが、少なくなったように思う。  時折ふと我に返ったように、静まることもあるけれど、いまは笑顔が増えて見ているこちらまで、気分がよくなるほどだ。  彼には太陽のような眩しい笑顔がよく似合う。だからこのまま思いつめるような過去など忘れて、楽しく笑って過ごせたらいいのにと思ってしまう。 「宏武、オムライス、入れる、なに?」 「うーん、鶏にタマネギ、にんじんにコーン、グリンピースとか?」  問いかけられた言葉に首をひねりながら、冷気を漂わせるスーパーのショーケースの前で、ふるりと身震いした。  真夏はこの冷気が涼しくていいが、中途半端ないまの季節では、少し肌を冷やし過ぎる。  両手で腕を抱いて、半袖からのぞいた二の腕を、手のひらでさすってしまう。けれどそんな自分の隣で、真剣な顔してリュウは鶏肉を選んでいた。  この冷たさが気にならないほど、集中しているのだろう。  鶏肉選びに余念のない、彼の横顔を見ながら、ふとうちのチキンライスはどんなだっただろうと思い返す。しかし思い出すのは、コンビニや惣菜店のチキンライスくらいだ。  そういえばうちは共働きで、夜も遅かったので、昔から出来合いの惣菜や弁当を食べて育った。  そこで自分で作る、という選択肢にならなかったのは、我ながら無頓着な自分らしいなと思う。  いま家にある調理器具と言えば、フライパンに片手鍋、両手鍋くらいのものだ。けれど料理をしない人間なのに、ここまでのものがあれば十分だろう。 「デミグラスソースって缶詰になってるんだ」 「これ、味、……直す、とおいしい」 「ふぅん」  最近は言葉が不慣れなリュウに付き合って、毎日のように近所のスーパーに買い物に出ている。  いままでスーパーで買うものと言えば、飲み物や弁当くらいのものだったが、彼の持つカゴにはいつも、生鮮食品があれこれと入っていた。

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