9 / 88
第9話 日常(2)
彼は料理をするのがとても好きらしく、それを作っているあいだは鼻歌まで聞こえてくるほど、上機嫌だ。
作る料理の名前はよくわからないが、煮込み料理やオーブンを使った料理が主で、正直な感想どれを食べてもおいしい。
いままでコンビニ弁当が主食だったから、余計に感じるのだろうけど、それを差し引いても料理は上手だと思う。
作ったことのないものも、レシピを見れば大体のものは作れるようだ。
「宏武、あとなに?」
「ん、あー、野菜ジュースが切れた」
「じゃあ、あっち」
なんだかんだでリュウは、自分よりスーパーに詳しくなっていた。買い物をしていると、前に立って歩くのはいつも彼だ。
言葉もそうだが、基本的に物覚えがいいのだろう。だから一度教えたことは、すぐに吸収してしまうのだ。
そんな彼は必ずと言っていいほど、なぜか後ろを歩く自分の手をごく自然と握ってくる。
握られた手を引かれて歩くのは気恥ずかしいが、まったく意識していない彼に、過剰に反応するのが嫌で、つながれた手はそのままにしている。
時折人の目が振り返るけれど、それもいちいち気にしていると気疲れするので、考えないことにした。それに彼の手のぬくもりは嫌ではない。
「雨、まだ降ってるね」
「今日は一日雨だ」
買い物を済ませて外へ出ると、相変わらず雨がしとしと降っている。家を出た時よりも、幾分小降りになっている気はするが、それでも雨はやまない。
気がつけば重たいため息を吐き出していた。
やはり雨は憂鬱だ。気分が重たくなって、雨の中を歩くのも億劫になる。
「宏武、行こう」
「ああ」
ビニール傘を開いて、リュウがこちらを振り返る。その視線にしぶしぶ自分も傘を開き、雨の中へ足を進める。マンションまでは一本道で五分ほど歩けばいい。
しかしポツポツと傘を叩く雨の音が耳障りだ。
なんだか水の中を、もがいているような気分になる。それがとても息苦しくて、縋るように目の前の腕を掴んでしまった。
ともだちにシェアしよう!