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第10話 日常(3)
「宏武?」
不思議そうな顔でリュウが振り返ったけれど、思わず顔を俯けて視線をそらしてしまった。しかし掴んだ腕は放せず、ぎゅっと力を込めてしまう。
なにをしているんだろうと、自分の行動に呆れる。
いくら連日の雨で気が滅入っているとはいえ、こんなところで彼に縋っても仕方がないというのに。
けれどリュウはなにを思ったのか、差していた傘を折りたたむと、こちら側へと肩を寄せてきた。
それほど大きくない傘に、大の大人が二人肩を並べて入る。自然と彼が濡れないよう、傘を持ち替え傾けるけれど、そもそもなぜ、ここで相合い傘をしなくてはならないのだろう。
しかし肩が触れるほど近づくと、なぜか不思議と落ち着いた気分になった。雨よりも隣に立つ彼の存在のほうが、強く感じるからだろうか。
彼は根暗な自分と対極にいるかのように、元気がよく明るい朗らかな眩しい存在だ。
そんな彼が自分の傍にいる――たったそれだけのことで、少し雨が遠ざかるような気持ちになる。
他愛のない話をしているだけでも、彼の鼻歌を聞いているだけでも、なんだか気持ちがとても軽くなっていく。
出会ったばかりなのに、彼が隣にいることが、心の癒やしのように感じられるのだ。
それは彼に邪気がないからだろうか。自分を見つめる瞳は、いつも陰りがなくとても澄んでいる。俗世に汚れたところがないみたいに、真っ白だ。
「宏武、濡れてる」
「仕方ないだろう。こんな傘じゃ二人収まるのは無理がある」
「こっち向け過ぎ」
「ちょ、リュウっ」
傘を持っていた手に、彼の手が重なる。大きくて綺麗な手は、傘を持つ自分の手を握り込めてしまうほどだ。
さほど自分も手が小さいわけではないが、手のひらも大きく指も長い彼と比べれば、一回りくらいは小さいかもしれない。
重なった手は、傾けていた傘をまっすぐにすると、今度は濡れた左肩を抱き寄せる。
ふいに引き寄せられて、思わず胸がドキリとした。
彼はただこれ以上、自分が濡れないようにと気を遣ってくれているだけなのに、変に胸がざわめいて、触れられた場所がやけに熱く感じる。
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