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第16話 心に灯る火(1)

 彼が自分のことを、性的な対象として見ているとは、夢にも思わなかった。いつからそんなことを思っていたのだろう。  いままでそんなそぶりなど、まったくしていなかったのに。  少し幼さを感じさせる、邪気のない笑顔しか、見ていなかったからだろうか。  けれど熱を孕んだ瞳で見つめられると、なんだか胸がざわめく気がする。  綺麗な茶水晶の目は、こんな時もまっすぐで、縫い止められたように動けなくなる。彼に惹かれてはいけないと、気づいたばかりだというのに。  しかしリュウと一緒にいられるのは、あとほんの数日かもしれない。そう思うと、やはり彼と恋愛するのは避けたいなと思う。  本気で心に火がついてしまう前に、離れてしまいたい。彼に触れたいと思う前に、抱きしめたいと思う前に、いまから少しずつ離れる心の準備をしなくてはいけない。  そう強く思うには理由がある。  初めて出会った時から、彼は自分の身分を証明するものをなに一つ持っていなかった。財布も携帯電話も、ごく当たり前に持ち合わせているだろうものを、身につけていなかったのだ。  推測するに、彼はそういったものが必要ない環境で、生きてきたのではないかと思う。  誰かが代わりに、身の回りを世話してくれるようなそんな場所。  現に数日前まで、買い物すら一人でしたことがなかったくらいだ。多分自分とは住んでいる場所が、違う人間に違いない。  きっと彼を血眼で探している人はいると思う。見つかるのがあと数日先か、数週間か、何ヶ月かはわからないが、彼はいつか必ずいなくなる人間だ。  そんな彼に本気になるわけにはいかない。  けれど彼はいままで傍にいた人間とは、明らかに違う存在でもある。  これまでこの雨の季節を、紛らわしてくれるような相手に出会うことはなかった。だから憂鬱な雨を忘れさせてくれる、リュウの存在は自分の中では、すでに特別なんだ。  だがこれ以上、自分の内側に入ってこさせるわけにはいかない、とも思う。そうしなければきっと、引き離される時に、胸が引き絞られるほどの痛みを感じてしまう。

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