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第17話 心に灯る火(2)
「リュウ、離して」
まっすぐに茶水晶の瞳を見つめ返せば、彼は少し泣き出しそうな表情を浮かべた。
唇を引き結んで、肌に触れていた手を離して、両手を握ってくる。それを恭しく引き寄せて、リュウは指先に口づけを落とした。
「いまはこれだけ、許して」
じっとそれを見つめる視線に気づいたのか、リュウは顔を上げて、ゆるりと口の端を持ち上げる。それはなんだか、とても寂しげな笑みだなと思った。
「宏武、ごめんね」
握られていた手が離されると、熱を失ったみたいに、手のぬくもりがなくなる。とは言えども、またその手を掴むこともできなくて、黙ったまま彼の顔を見つめた。
すると彼はこちらを見ていた目を伏せて、踵を返し立ち去っていった。
その背中が見えなくなると、胸が少し締め付けられるみたいに痛んだ。けれど彼の気持ちに、応えることができないのだから、これでいい。いいはずだ。
いまはまだ家主と居候、という関係性から外れてはいない。好意を抱いてしまうのは避けられないが、愛してしまわなければいい。
いままで通り、彼の深いところに立ち入らなければ、問題ないだろう。
なんとかなるはずだ。
いや、なんとかしなければならないんだ。
もしかしたらこんなことを、考えてしまっている時点で、すでに手遅れなのかもしれないけれど。
リュウのあとを追うように、洗面所を出て部屋の扉を開けば、彼はキッチンで黙々と料理を始めていた。
その横顔を見つめるけれど、振り向く様子もないので部屋を横切り、仕事机へ足を向ける。
彼の機嫌を損ねてしまっただろうかと、キッチンに立つ姿を見つめながらパソコンを起動させた。
いつもだったら、もっと楽しげに料理をしているのに、今日は口を引き結んだ少し硬い表情だ。
「雨、うるさいな」
リュウが来てから、家の中でほとんど感じることのなかった雨音が、いまはやけに耳につく。机の上に放置されていたヘッドフォンを耳に当てると、適当に音楽をランダム再生させた。
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