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第20話 ひと時(1)

 皿が空になると、そのまま黙っていることができなくなる。重苦しいままでいるのが、耐えきれなくなって、意を決したように立ち上がった。  静かだった空間に、椅子の脚がこすれる音が響く。 「リュウ、片付けはやるから、テレビでも見ていなよ」  自分の行動にリュウは目を丸くしていたけれど、すぐにやんわりとした笑みを浮かべる。さらにゆっくりと立ち上がると、手元にある食器を引き寄せてそれを重ねた。 「宏武、手伝う」 「綺麗な手が荒れるだろう。じゃあ、洗ったの布巾で拭いて」 「わかった」  大きく頷いたリュウは、幼い子供みたいに可愛く、思わずつられるように笑ってしまう。  二人あいだにある空気が、元に戻ったような気がして、心の中に安堵が広がる。キッチンに向かう後ろ姿を見ながら、胸をなで下ろす自分に、少し呆れてしまった。 「宏武、これはどこ?」 「それは棚の二段目だ」  リュウは料理はとても得意なのだが、正直言って後片付けはできない。基本的に掃除や洗濯、日々の雑用はしたことがないのか、身についていないのだ。  初めて料理を作ってくれた時には、キッチンのシンクに山盛りの洗い物があり、びっくりしたものだ。  きっと普段は、使い終わったものを片付けてくれる人がいるのだろう。彼は作ることにだけ、専念すればいいというわけだ。  それでもここに来てからは、後片付けをする自分の後ろをうろうろして、手伝いたいと言い出すようになった。  自主的にやりたいと言うのだから、手伝わせてもいいが、彼の綺麗な手や爪が傷つくのはあまり気が進まない。なのでもっぱら、食器を拭くのが彼の仕事だ。  最初は拭くだけだったそれも、繰り返すうちにそれをしまう、ということも覚えた。彼といると。小さな子供にものを教えているような気分になる。 「これでおしまい」  最後の皿を一枚洗い上げると、彼はそれを丁寧に拭いていく。そして教えた場所に、重ねた皿を片付ける。  それを見届けて先にキッチンを出ると、リュウは戸棚からティーポットを取り出し、振り返った。 「宏武、お茶飲む?」 「ああ、うん」 「待ってて」  キッチンはオープンになっているので、リビングに移動しても振り返った彼の声はしっかりと届く。  問いかけに頷いてみせると、嬉しそうな笑みを浮かべてまた彼は戸棚を漁り始めた。

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