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第26話 存在(3)

 それにしても人とこうして暮らすのは、どのくらいぶりだろうか。最後に誰かと一緒に暮らしたのは、随分前のような気がした。  いつだったろう、あまり覚えていない。  ここ最近は誰かと付き合った覚えもないし、付き合っても長く続かなかった。  仕事も不規則だし、普通に働いている人とは時間も合わないので、すれ違いも多いのだ。けれどリュウは毎日家にいるから、すれ違いようもない。  なんだかひどく彼との時間に慣らされている、気がする。 「宏武、いいよ」 「ありがとう。リュウは先に寝ていても構わないよ」 「本、読んで寝る」 「わかった。じゃあ、眠たくなったら寝るんだぞ」  なにげない時間を二人で過ごしていると、彼が存在していることが、当たり前のように思えてくる。  慣れと言うものは、人の感覚を麻痺させるのだろうか。  けれど自分を性の対象をしているリュウを、いつまでも傍に置いていてよいのかという考えもよぎる。  自分が同性との関係に否定的ではないから、どこかで足を踏み外してしまいそうな気がする。それでなくとも、自分の心は揺れてばかりいるのに。 「いなくなるなら、早いほうがいいな」  できればいまよりも情が深くなる前に、離れたいと思う。足を踏み出したら、きっと後戻りできない気がする。  後悔するのは目に見えてわかるのに、それに縋りついてしまう自分が想像できた。  彼の無邪気な心が、自分に向けられるたびに惹かれそうになる。しばらく誰かと一緒にいなかったから、愛情に飢えているのだろうか。 「リュウのやつ、ボディーソープ変えたな」  考えごとをしながら、ボディータオルにソープを吐き出したら、ふわりと嗅いだことのない香りが広がった。  いつも使っているものがなくなったので、買い物ついでに頼んでおいたのに、まったく違うものになっている。  普段使っている安価なものではない。香りがいい、少し高めなボディーソープだ。そういえばリュウは香りを楽しむ傾向がある。ハーブティーもその一つだ。 「まあ、いいか」  違うものをカゴに入れられて、気がつかなかった自分も悪い。買ってきてしまったものは仕方がないと諦めた。それに泡立つたびに香る、柔らかな甘い香りは悪くない気がする。  自分は使い慣れたものを、延々と使い続けるほうなので、はっきり言ってブランドや品質には無頓着だ。しかしこのままだと、シャンプーなども変わってしまいそうだなと思った。

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