26 / 88
第26話 存在(3)
それにしても人とこうして暮らすのは、どのくらいぶりだろうか。最後に誰かと一緒に暮らしたのは、随分前のような気がした。
いつだったろう、あまり覚えていない。
ここ最近は誰かと付き合った覚えもないし、付き合っても長く続かなかった。
仕事も不規則だし、普通に働いている人とは時間も合わないので、すれ違いも多いのだ。けれどリュウは毎日家にいるから、すれ違いようもない。
なんだかひどく彼との時間に慣らされている、気がする。
「宏武、いいよ」
「ありがとう。リュウは先に寝ていても構わないよ」
「本、読んで寝る」
「わかった。じゃあ、眠たくなったら寝るんだぞ」
なにげない時間を二人で過ごしていると、彼が存在していることが、当たり前のように思えてくる。
慣れと言うものは、人の感覚を麻痺させるのだろうか。
けれど自分を性の対象をしているリュウを、いつまでも傍に置いていてよいのかという考えもよぎる。
自分が同性との関係に否定的ではないから、どこかで足を踏み外してしまいそうな気がする。それでなくとも、自分の心は揺れてばかりいるのに。
「いなくなるなら、早いほうがいいな」
できればいまよりも情が深くなる前に、離れたいと思う。足を踏み出したら、きっと後戻りできない気がする。
後悔するのは目に見えてわかるのに、それに縋りついてしまう自分が想像できた。
彼の無邪気な心が、自分に向けられるたびに惹かれそうになる。しばらく誰かと一緒にいなかったから、愛情に飢えているのだろうか。
「リュウのやつ、ボディーソープ変えたな」
考えごとをしながら、ボディータオルにソープを吐き出したら、ふわりと嗅いだことのない香りが広がった。
いつも使っているものがなくなったので、買い物ついでに頼んでおいたのに、まったく違うものになっている。
普段使っている安価なものではない。香りがいい、少し高めなボディーソープだ。そういえばリュウは香りを楽しむ傾向がある。ハーブティーもその一つだ。
「まあ、いいか」
違うものをカゴに入れられて、気がつかなかった自分も悪い。買ってきてしまったものは仕方がないと諦めた。それに泡立つたびに香る、柔らかな甘い香りは悪くない気がする。
自分は使い慣れたものを、延々と使い続けるほうなので、はっきり言ってブランドや品質には無頓着だ。しかしこのままだと、シャンプーなども変わってしまいそうだなと思った。
ともだちにシェアしよう!