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第30話 雨音(3)

 ようやく脳へ伝達がなされた時には、唇と唇が合わさっていた。柔らかく触れる唇。  それは何度も触れては離れ、小さなキスを繰り返す。  けれども次第に口づけは熱を持ち始めて、舌先で薄い唇を撫でられる。湿り気を帯びて、それが火照り出す頃には、隙間から熱い舌が滑り込んできた。 「んっ……」  なぜこんなことをしているのだろう。そんな考えがよぎるけれど、身体は一ミリも動かずされるがままだ。  口内を優しく撫でられ、歯列をなぞり舌を絡め取られて吸い付かれる。  どんどんと深く激しくなっていくキスは、とても甘くて背筋がぴりぴりとしびれる気がした。  両腕を伸ばして目の前にある首元に絡めれば、身体は抱き寄せられ、ぴったりと彼の身体にくっついてしまう。 「ふっ、ぅん」  肌がざわめく気がする。それくらいリュウとのキスは気持ちがよかった。唾液が混じり合うほど、舌を絡ませ合うとぴちゃぴちゃと小さな水音が響く。  その音に耳をくすぐられて、堪らず熱い吐息を漏らしてしまった。するとさらにそれを煽るように、キスが濃厚なものになっていく。  気づいた時には身体はベッドに沈み、その上にリュウがのし掛かっていた。腰の辺りをこすりつけるようにされると、そこにあるものが熱く、固くなっているのがわかる。  それは自分だけでなくリュウも同様だ。  このままだと流される気がする。それなのに首元に回した腕に力を込めるばかりで、拒むことはできなかった。  あんなにも近づき過ぎてはいけないと、自分に言い聞かせたのに、彼の腕に抱きしめられるのが心地よくて、堪らない気持ちになる。 「宏武」 「ぁっ……ん、リュウ」  唇から滑り落ちた、リュウの唇が首筋を撫でる。それと共にTシャツの裾から滑り込んだ手が、意志を持って肌の上を這う。  こうして他人に肌を触れられるのは、久しぶりだったけれど、戸惑いはまったくなかった。  首筋や鎖骨の辺りに、きつく吸い付かれる感触も、なんだか感情を高ぶらせてしまうほどの喜びを感じる。  きっと自分はいま、現実から逃げだそうとしているのだろう。不安や恐れから逃れるために、リュウの手に落ちようとしている。  甘くて柔らかい陶酔に浸り、なにも見ないようにしている。  それはいけないことだとわかっているのに、自分を止めることはできそうになかった。  結局のところ、自分で引いた線を踏み越えていくのは、自分自身だった。やはり予感はすべて、確信でしかなかったのだ。

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