35 / 88

第35話 白昼夢(1)

 傍にいればいるほど、感情が流されていく気がした。彼が微笑めば胸は温かくなるし、彼に抱かれれば、身体に熱が灯ってしまう。  このままではいられないと、自分の中にある理性が声を上げるけれど、人間というものは心地よいものにひどく弱い。  心とは裏腹に、握られた手を握り返してしまう。 「リュウ、その音楽、止めてくれないか」 「これ嫌い?」 「駄目なんだ、ピアノの音が、どうにも性に合わなくて、聴けない」 「そう、じゃあ違うのにしよう」  オーディオデッキから流れてきた音色に、寒気がして肌が粟立ち、身体が震えた。なぜか昔から、ピアノの音だけが聴けないのだ。  それはもう一つの嫌いなもの――雨音と、まったく同じ感覚だった。  耳にするだけで具合が悪くなってしまう。しかしリュウはクラシックが好きなようだ。  借りてきたCDの中から、次は弦楽器三重奏を選ぶ。バイオリン、ヴィオラ、チェロの音色が響き始める。 「宏武、顔色、平気そう」 「ありがとう、大丈夫だ」 「ねぇ、こっち向いて」 「ちょっ、こら! まだ日も傾いていない」 「少しだけ」  さっきまで二人で並んで、本を読んでいたはずなのに、いつ彼の中にあるスイッチが入ってしまったのだろう。身体を寄せてきたリュウに、ソファの上で組み敷かれた。  呆れてため息をつく自分を見下ろし、彼は瞳の中に熱を揺らめかせる。  いつもは無邪気な顔しているのに、こんな時ばかりは獣のような目をする。そんな目が時々怖くも感じるが、それが嫌悪ではないことを知ると、自分自身に落胆してしまう。 「リュウ」  たしなめるように名前を呼んだ、自分に彼は目を細める。そして次の言葉を紡ぐ前に、開きかけた口は塞がれてしまった。唇を食むように口づけられて、口先が熱くなる。 「駄目だ。離せ」  さらに奥へ深くへと、押し入ろうとする気配を感じて、身体を押し離そうとすれば、その手はあっけなく縫い止められた。  ここまで来ると、リュウが引いた試しはないのだが、それでも顔を背けて小さな抵抗を試みる。 「可愛い」  彼が小さく笑うのを感じた。その気配と共に身体に重みがのし掛かり、首筋に顔を埋められる。  濡れた舌にさらけ出した首をゆっくりと撫でられて、その感触に肩が小さく震えてしまう。  時折歯を立てて噛みつかれると、肌がひどくざわめいた。

ともだちにシェアしよう!