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第37話 白昼夢(3)
「起きる?」
「ああ、まだ仕事が残っているからな」
いきなり彼に押し倒されなければ、一本くらい仕事を片付けられたんじゃないかと思うが、本気で抵抗しない自分も悪い。
結局はどんな言い訳しても、リュウを拒めない自分がいて、堂々巡りで終わってしまう。
もう腹をくくったほうがいいのだろうか。――いや、やはりそれは駄目だ。
二つの感情に挟まれて、思わず重たいため息を吐き出してしまった。
「じゃあ、行ってくる」
「気をつけてな」
「うん」
家を出るリュウに、財布と携帯電話を預けると、玄関先で出かけていく彼を見送った。
彼は一人で外へ出かける時、決まってこちらを振り返り、キスをしてくる。そしてついばむように何度も口づけて、満足すると満面の笑みを浮かべて出かけていくのだ。
まるでそれは恋人ごっこのようだと思う。しかしあまりにも嬉しそうな顔して笑うから、小さな行為をとがめることもできないでいた。
彼に触れられるのは嫌ではない。むしろ知らず知らずのうちに、それを待ち望むような気持ちが生まれ始めている。
いまも出かけたばかりなのに、早く戻らないかと、急いた気持ちになった。
「仕事するか」
相変わらず毎日のように、しとしと雨が降っている。だが近頃は、言葉にすっかり慣れた彼が買い物に行ってくれるので、外に出ることはあまりない。
雨音が響く中に出て行かなくていい、それだけでも気持ち的にかなり楽になった気がする。
しかしよくわからない、違和感を覚えることも増えた。それはこうして、リュウが家にいない時に感じることが多い。
誰もいない部屋の中で、自分以外の気配を感じたり、誰かに見られているかのような視線を感じたりする。
気のせいかとも思ったが、その奇妙な違和感は日ごと増しているようにも思えた。
いままで悪夢にうなされることは多かったが、こんな感覚は初めてだ。
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