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第38話 白昼夢(4)

「いつになったら雨がやむんだろうな」  今年は雨が長引き、夏が来るのが遅いだろうと天気予報は言っていた。まだあと二週間ほどは雨が続くとも、言っていた気がする。  思わずため息が漏れた。パソコンに向かったのはいいが、なんだか集中力に欠けている。  ちっとも仕事がはかどらなくて、手を止めてため息を吐き出す時間のほうが長い。それに仕事に集中していないと、微かな雨の音さえも気になってくる。  息をつき仕事用の眼鏡を外した。今日はもうやめにしよう。 「……ん?」  ぼんやりとパソコンの画面を眺めていたら、なにかがコツコツとぶつかるような音が聞こえてきた。  耳を澄ましてその音を聞くと、それは寝室のほうから聞こえてくるようだ。  リビングと寝室は、引き戸一枚で仕切られている。  そっと戸を引いて中をのぞいてみると、確かにこの部屋から音は聞こえている。部屋は横長で、入って右手にクローゼット、左手にはベッドがあり奥の壁面が出窓になっている。  雨曇りで夕方と言うこともあり、部屋は薄暗いけれど、窓があるのでわざわざ照明をつけるほどでもないだろう。  ベッドに乗り上がって、窓のほうへ近づいてみる。ここは三階だ。外の風で、なにかが飛んできて、引っかかっているのかもしれない。  雨粒で濡れる窓の向こうをのぞき込むと、上のほうに黒いなにかが見える。  さらに目をこらして見てみれば、それがなんなのかようやくはっきりした。  それと同時に、心臓の辺りがひやりとする。そこに見えるのは黒い革靴――靴先が、コツコツと窓ガラスを叩いているのだ。  どうしてこんなところに、そう思った瞬間、ずるりと二本の足が落ちてきた。 「……っ!」  声にならない悲鳴が喉奥で詰まる。  とっさに目を閉じて、顔を背けた。しばらく肩を震わせながら目を閉じていたが、リビングのほうで物音が聞こえたので、急いでベッドから飛び降りる。  リュウが帰ってきたのかもしれない。しかし期待とは裏腹に、リビングには誰もおらず、部屋はしんと静まり返っていた。  物音の元を探すけれど、これと言ってなにかが倒れたり、落ちたりしたわけでもなさそうだ。  不可解なことばかりで気が落ち着かない。いつの間にかリュウの帰りを待ちわびるように、玄関へと足を進めていた。

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