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第42話 来訪者(4)

 二人で世界の舞台に立ちこれからと言う時に、恋人は儚い命を散らしてしまった。  いままで二人で歩いてきた道を、一人で歩くのは辛過ぎたというわけか。どこにでもありそうな安いシナリオだ。  しかしなぜ、そんな話を自分に聞かせるのだろう。自分は彼を拾った家主でしかないのだから、そんな内情を聞かせる必要はないはずだ。  彼はここまで来るあいだに、どれだけのことを調べ上げてきたのだろう。  素性や仕事、交友関係、人の性癖まで洗いざらいか。 「数年前、この近くの公民館で二人は演奏会に参加したことがあるんですよ。日本へ来るのはそれ以来です」 「そうですか」  恋人との思い出の地を巡っているあいだに、リュウは道に迷いでもしたのだろうか。それともあの公園に、なにか思い入れがあったのか。 「彼は日本人だったのですが、あなたに面差しがよく似ている。少々驚きました」 「……そうですか」  なにを言われても、曖昧な相槌しか打てない。悪意ではないのだろうけれど、あなたに懐いているのはいまだけなのだと、そう言外に言われた気がする。  どの程度似ているのかはわからないが、もしかしたらリュウは自分を見て最愛の人が迎えに来てくれた、と勘違いしてしまったのかもしれない。  だから彼は迷いなく自分について来た。違うと気づいても似ているから傍にいたのだ。  自分は最初から誰かの「代わり」だったのか。あの笑みも、優しい手も、唇も、なにもかも代わりだから与えられたものなのだ。 「リュウはいつ頃、戻りますか?」 「そろそろだと思います」  思った以上に傷ついている自分がいた。  それにひどく動揺してしまう。彼との関係は上辺だけで割り切るべきだと、深い情などかけるなと言い聞かせていたのに。  いままで傍にいた彼が、すべて泡沫なのだと思うと、ひどくやりきれない気持ちになる。  ひと時でもいいから、自分のものだったと、思っていたかったのだろうか。浅はかでバカな自分がいま心底嫌になった。

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