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第43話 終わりの時(1)

 不自然な沈黙が広がった。目の前に座るフランツは、そんな中でまっすぐにこちらを見つめてくる。  自分の出方を探っているかのような、嫌な視線だと思った。一体、彼は自分からなにを引き出したいというのだろうか。  リュウと恋人の話を聞かされて、慌て戸惑う姿でも見たいのか。けれどそんなことを考えれば考えるほど、気持ちが変に落ち着いてしまう。  これは諦めのようなものかもしれない。  その沈黙も長くは続かなかった。玄関から物音が聞こえる。それは少しずつ近づいて、リビングと廊下を繋ぐ扉が開かれた。 「宏武、ごめん。いつものなかったから、隣駅行ってきた」  いつもと変わらない調子で、彼は自分に声をかける。玄関にフランツの靴はあったが、また三原のように、誰かが訊ねてきたのかと思ったのかもしれない。  しかし視線が持ち上がり、ソファに座るフランツを認めた瞬間、リュウの顔が強ばった。 「迎えに来ました」  一目でわかるほど顔を引きつらせたリュウは、固まったように動かない。そんな彼に小さなため息をついて、フランツはゆっくりと立ち上がり、歩み寄った。  だが近づていく彼から、逃れるようにリュウは少しずつ後ずさっていく。さらには追い詰められた小さな子供のように首を振って、口を引き結んだ。 「帰りましょう。あなたには帰るべき場所がある」 「嫌だ」  差し伸ばされた手を払い、リュウは大きく首を振る。そして我に返ったように顔を持ち上げると、こちらに視線を向けた。  まっすぐに向けられたそれは、自分に助けを求める目だ。その目を見つめて、なにを選択したらいいのかを考えた。  彼との時間は、満ち足りたものだったと思う。あれほど苦痛だった雨の日が、リュウといるあいだは忘れられた。  憂鬱で退屈な毎日が穏やかな日に変わり、最初の目論みはもう十分、果たされたんじゃないだろうか。

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