44 / 88
第44話 終わりの時(2)
「リュウ、恋人ごっこはもうおしまいだ」
手を離さなくてはいけない時なんだと思った。もう自分は彼の傍にいられない。もうささやかな二人の時間は、終わりなんだ。
「宏武! 嫌だ。俺はあなたから離れたくない!」
彼が手にしていた買い物袋が、勢いよく床に放り出される。それと共に、アップルパイの入った白い化粧箱が、ぐしゃりと歪んだ。
しかし彼はそんなことなど気にもとめない。ただひたすらに、懇願するような瞳でこちらを見ていた。
じっと瞳を見つめたまま、動かない自分に痺れを切らしたのか、リュウは乱雑な足音を立てて近づいてくる。
そしてこちらへ両手を伸ばし、縋りつくように目の前の身体を抱きしめた。
強過ぎるくらいの抱擁で、身体が軋みそうになる。引き離そうとすればするほど、彼の腕に力がこもった。
そんな様子を見ていると、胸がズキズキと痛んでくる。離れがたいと思っているの、リュウだけじゃない。
けれどこのままではいられないんだ。
どうしたって彼を、元の場所へ返さなくてはいけない。それは最初からわかっていたことだった。
「あんたといるのは楽しかったよ」
「そんなこと、言わないで。嫌だ、嫌だ。離れたくない」
「帰りなよ。あんたのいる場所はここじゃない」
こんな感情は時間が経てば、消えるに決まっている。いまはなくしたものが大きくて、寂しさを埋めたいだけだ。
恋人の影を追いかけて、こんなところでくすぶっている場合じゃない。
「フランツさん。リュウを連れて帰ってください」
「宏武!」
顔を上げた彼は、信じられないものを見るかのように、顔を強ばらせた。両肩に指が食い込みそうなくらい、強く掴まれる。
その手が小さく、震えているのはわかっていたが、それには気づかないふりをして、向けられる視線から目をそらした。
「なんで! どうして一緒にいてくれないの!」
悲痛なその声に耳を塞ぎたくなった。リュウの綺麗な茶水晶の瞳に涙が浮かぶ。
光を含んだそれは、次第にあふれて頬を滑り落ちていく。
ともだちにシェアしよう!