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第44話 終わりの時(2)

「リュウ、恋人ごっこはもうおしまいだ」  手を離さなくてはいけない時なんだと思った。もう自分は彼の傍にいられない。もうささやかな二人の時間は、終わりなんだ。 「宏武! 嫌だ。俺はあなたから離れたくない!」  彼が手にしていた買い物袋が、勢いよく床に放り出される。それと共に、アップルパイの入った白い化粧箱が、ぐしゃりと歪んだ。  しかし彼はそんなことなど気にもとめない。ただひたすらに、懇願するような瞳でこちらを見ていた。  じっと瞳を見つめたまま、動かない自分に痺れを切らしたのか、リュウは乱雑な足音を立てて近づいてくる。  そしてこちらへ両手を伸ばし、縋りつくように目の前の身体を抱きしめた。  強過ぎるくらいの抱擁で、身体が軋みそうになる。引き離そうとすればするほど、彼の腕に力がこもった。  そんな様子を見ていると、胸がズキズキと痛んでくる。離れがたいと思っているの、リュウだけじゃない。  けれどこのままではいられないんだ。  どうしたって彼を、元の場所へ返さなくてはいけない。それは最初からわかっていたことだった。 「あんたといるのは楽しかったよ」 「そんなこと、言わないで。嫌だ、嫌だ。離れたくない」 「帰りなよ。あんたのいる場所はここじゃない」  こんな感情は時間が経てば、消えるに決まっている。いまはなくしたものが大きくて、寂しさを埋めたいだけだ。  恋人の影を追いかけて、こんなところでくすぶっている場合じゃない。 「フランツさん。リュウを連れて帰ってください」 「宏武!」  顔を上げた彼は、信じられないものを見るかのように、顔を強ばらせた。両肩に指が食い込みそうなくらい、強く掴まれる。  その手が小さく、震えているのはわかっていたが、それには気づかないふりをして、向けられる視線から目をそらした。 「なんで! どうして一緒にいてくれないの!」  悲痛なその声に耳を塞ぎたくなった。リュウの綺麗な茶水晶の瞳に涙が浮かぶ。  光を含んだそれは、次第にあふれて頬を滑り落ちていく。

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