48 / 88

第48話 初夏の便り(2)

 しかし訝しく思いながら手紙の封を切ると、そこには細長い紙が一枚入っているだけだった。  封筒からそれを取りだし、手に取ってみれば、紙切れはコンサートのチケットだというのがわかった。  そういえば彼は、このために日本へやってきたのだった。  チケットに刷られたリュウの名前を、思わず指先でなぞってしまう。ここに行けば、またリュウに会えるのだと、そんな期待が我知らず心に湧いてきた。  日付は三日後の日曜日。チケットを見つめたまま、自分はその場に立ち尽くしてしまった。確かに彼の姿は一目でも見たいが、やはりピアノは苦手なのだ。  あれは雨と同じくらい心を蝕む音でしかない。  しかしリュウが奏でる音ならば、そんなものを吹き飛ばしてくれるのではないか。そんなことを考えてしまった。  それと同時に、自分が思っている以上に、まだリュウのことが忘れられずにいるのだと、思い知らされた気分になる。  さよなら――とそう告げたはずなのに。  手紙が届いてから三日間。  随分と悩んだが、日曜の昼過ぎから自分は、いそいそと出かける支度をしていた。彼に会うことで、心の片隅に残された未練が大きくなる懸念もあったけれど。  もうこんな機会でもなければ、姿を見られることもないかもしれない。  そう思えば、重たい腰も上がるというものだ。それに会場の客席から彼を一目見たら、帰ればいい。どうせピアノは長く聴いてはいられないのだから、一曲聴いて席を立てばいいだろう。  そんな言い訳を心の中で繰り返し、電車を乗り継いで会場へと向かった。  コンサートが行われる場所はイベントホールで、五百人ほど収容できるなかなかの広さを持つところだ。  こんなにたくさんの客が集まるくらい有名だったのだと、興味本位で買った音楽雑誌を見て知った。  クラシック音楽は、いままで興味を惹かれることがなかったので、まったくと言っていいほど知識がない。  なんでも見聞きするのが好きな割に、なぜここだけ食わず嫌いだったのだろうと、不思議に思うほどだ。ピアノは苦手だけれど、それ以外の楽曲は多くあるというのに。

ともだちにシェアしよう!