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閑話 妻ーズ(仮)の夜
「グルルルル……こう寝顔を見ると寝込みを襲いたくなるなァ」
「お休みの邪魔をしたら許さんぞサィプィル」
「わァってるよ」
それはレニトアンまでのある日の夜
今夜も月夜に照らされながらの野宿だ
紅の鷲と大柄な虎
二人は魔法の灯りの中、向かい合って座っていた
そして、夢を見ているだろう旦那を起こさないように、静かに声を響かせる
「…マハはよォ、なんでトモマサに恋したんだ」
「なんで、とは愚問だな」
「愚問とは失礼だろ。純粋な疑問だ」
「目と目が合った瞬間に、射抜かれた、とでも言っておく」
「それって要は一目で『メス』が目覚めた、って事だろ?お前も中々に、まあ…」
「貴様にだけは言われたくない」
「トモマサから聞いた話じゃ、お前、あの手この手でトモマサを懐柔してたんだって?」
「なんとでも言え」
「いいや言わないね。俺がお前の立場でも同じ事してたろうしな。全く、ツイてるよなァ。トモマサの色々な『ハジメテ』をごっそり手に入れるなんて」
「それは…、私自身もとても幸運に思っている。そして出来れば、今後も…」
「おっと。それは黙っていられないな。俺もトモマサの『ハジメテ』欲しいしよ」
「…そういうお前はどうなんだ、サィプィル。何故トモマサさんと共に行こうとした。初めは見向きもしなかったろう」
「俺の目が曇ってたんだな。『強さ』を知ってから、この『オス』しかいねえ!…って感じたんだ。いやァ、馬鹿だったよ」
「フン」
「トモマサはよォ、こんなガサツな俺にも優しくしてくれるし手も上げないし大真面目な奴だ、そして何より、俺の事を『メス』だと思って見てくれんだぜ。マハ、お前俺の事を『メス』だと思うか?」
「…思わんな」
「だろォ?俺ァもうそれだけでも嬉しくて嬉しくて。初めて抱いてくれた時も、どれだけ俺の体を労わってくれた事か。…ただその気遣いがお前から教えられたモンだと思うと、複雑だがな」
「私達はお互いが『ハジメテ』だった。もしお前の事を気にしていたのなら、それは本来のトモマサさんのお心だ。私が教えた訳じゃない」
「殊勝です事」
「本当の事だ」
虎はふと、今自身が着ている服に目をやった
それは恋しい旦那が虎の為に選び、購入してくれた、この世界で『重ね』と呼ばれている物である
鷲も色違いでその重ねを着ている
元々は胸元の大きく開いたベストに腕周り緩やかな袖が付いた服を着ていたのだが、自身の為に選ばれた重ねの前に、その服は暫く仕舞われた侭であった
「俺はトモマサに何を贈ってやれるんかなァ」
「子孫だろう。それと」
「それと?」
「無償の愛だ。永遠の愛を、私は誓う」
「……ハハッ、正妻様にゃ敵わねえや」
「お前は全く素直じゃないな」
「お前が正直過ぎるんだよ。つうか、どっちもお前みたいなタイプだとトモマサが疲れちまうわ。俺みたいなのが居て丁度良いんだ」
「抜かせ」
「言ってろ」
「ん、んー……」
鷲と虎がいつもの小競り合いならぬ口競り合いになりかけた時、まるで何かを察した様に旦那が呻きながら寝返りを打つ
彼も地面で寝る事に随分慣れたようで、以前はしょっちゅう目が覚めていたらしいが、今では途中一度も起きる事なく朝を迎えられるようになっていた
愛しい存在への機微には敏い二人は、その寝返りにほぼ同時にそちらを向くと、また顔を合わせる際には開きかけていた口を閉ざしていた
「……恐らくだが、トモマサさんの魅力に気付く『メス』は私達二人だけでは無いのだろうな」
「そりゃそうだろ。これだけの『オス』だ。お前みたいにメスに目覚めたり、俺みたいに惹き付けられる奴はどんどん出て来るだろうな」
「…。誰でも良い訳では無い。トモマサさんが認めた善良なメス以外は、この私が許さん」
「俺は善良か?」
「トモマサさんに可愛がられているクセに、今更何を言う」
「へへ、そうでした」
「……、私は、常にトモマサさんの隣に居続けられるだろうか」
「お、おい。何急にしおらしい事言って」
「ふと、な」
「…馬鹿じゃねえの」
「フフ…ッ、言うな」
「当たり前だろ。次そんな事言ったらぶん殴るからな」
虎の握られた拳を見て、鷲は笑う
それには、同じオスを思うメス同士の絆が垣間見えるようであった
愛しいという想いだけでは連れ添えない、そんな不安を感じるいじらしさも、鷲の魅力である事を本人は気付いていないのだ
勿論、虎はそれに気付いている
普段はその想いが絶対であると信じて疑わない筈なのに、こんな時に限ってそういう面を見せる鷲を、やっぱり自分と同じ『メス』なのだな、と認識した
鷲の方も、そんな心の弱さを見せるのは、同じく『メス』として認めた虎の前だけである、と深い部分で信頼しているのだ
そして二人の想い人である『オス』事、トモマサは、そんな二人に対し差の無い好意を向けていた
それはそれぞれに対する接し方は違えど愛情の深さは同じモノであり、二人もそんな器量のトモマサに、また一層惚れこんでいるのだ
この世界でのハーレムのオスは、囲っているメスに順序を付ける事が一般的だ
また、メスの中でも序列が決められ、それは決して覆る事は無い
それは『動物』同士の絶対的なパワーの順番である
特に獣人間で起こりやすく、しばしばトラブルになる事も当然あった
正妻が絶対的な立場であり、他のメスを管理する
トモマサのハーレムでもマハがその位置に立ちつつあるが、トモマサの気質もあってか、世の一般的なハーレムとはかけ離れた平和さであった
正妻マハ、第二夫人サィプィルとの間は決して序列とは言い難いモノが築かれており、お互いもソレを薄々感じている
だからこそ、こうして旦那が眠った後、顔を突き合わせて話が出来るのだ
そして今後このハーレムに入るだろう『メス』も、きっと、そうなのだろう、と
「さて、そろそろトモマサさんに添い寝せねば」
「添い寝の役は絶対譲らねえよな、お前。一回くらい替わってくれよ」
「断る。トモマサさんには朝、私の胸の中で目覚めて欲しいのだ」
「ケチ」
「そんなに欲しいなら私から奪ってみるんだな」
「言ったなァ」
「魔力を止めるぞ、早く寝ろ」
「へいへい」
「…レニトアンに着いたら、その日の夜、お前が先に甘えればいい」
「え、」
「おやすみ」
「……おう、おやすみ」
鷲は寝息を立てる夫の傍らへ、寄り添うように
虎はもう反対側だが、寄り添いはしない
トモマサが特別に希望しない限り、この三人にはこれが普通なのだ
朝、トモマサが目が覚める際には、いつものようにふわふわでもちもちな鷲胸に抱かれていて、虎はその横で大欠伸をしている
夜に二人が交わした会話は鷲と虎の二人、そして、夜空を照らしていた口の利けない星々しか知らない事である
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