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第50話

「あの、真木さんも」 「ん?」 「この後は、もしかしてつぼみですか?」 「ううん。今日は、つぼみは午後から。午前はね、市に委託されてる訪問事業があって、そっち」 「訪問事業?」 「そう。お家から出られない子のところにね」  引きこもっている子どもへの支援活動の一環なのかもしれない。  家から出られない、という点だけで見れば、フリースクールに通っている子どもたちよりも根が深いとも思える。大変ですね、と言いかけて止める。きっと、この人はそんな風に捉えていないだろう。  小さく相槌を打った日和に、真木が店内にかかっている時計に目を向けた。 「引き留めておいて俺が言うのもあれだけど、時間は大丈夫?」 「え……、あ。やば」  あと三分で電車が来る。ぼそりと呟いて、もう買わなくてもいいやと慌しく頭を下げて、踵を返そうとした日和の手元に紙パックが飛んできた。買おうかと悩んでいたりんごジュース。 「あとで、会計しとくから」 「え、でも」 「本来だったらお休みの土曜日に来てもらうお駄賃代わり。安いけど」  キャンプ準備のためのスタッフ会議のことだとはすぐに分かった。けれど、参加は日和自身が望んだことだ。戸惑い気味に瞳を泳がせた日和だったが、駄目押しのように手まで振られて諦めた。 「行ってらっしゃい」 「行って、きます」  行ってきます、だなんて。口にするのはひどく久しぶりだった。なんだか気恥ずかしい。ぺこりともう一度頭を下げて、駅に向かう。改札を潜り抜けて階段を駆け足気味に上がる。ちょうど、電車がやってきたところだった。  飛び乗って、握りしめたままだったジュースに視線を落とす。どうせだったら、もう少し大人っぽいものにしておけば良かったかもしれない。  今更そんな格好を付けたところで、意味はないかもしれないが。ふと、そんなことを思った。
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