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前編

 結婚して十年、子供が産まれて六年が経った。  俺、日向 奏と日向 正二の息子、晃はすくすくと元気に育った。  俺は俗に言う専業主夫で、家計を支える旦那は今日も仕事で忙しい。会計の仕事で朝から晩まで数字と睨めっこしているそうだ。へとへとになるまで頑張って帰宅する旦那は頼りになる。  晃は筋の通った鼻やぱっちりとした目元の感じは俺似で、茶髪と引き結んだ口は正二似だ。産まれたときの体重は3.10kg、身長は47.2cm。ほぼ平均値だった。今はなんでも自分でやりたい時期らしくあれやこれやを進んでやりたがる。可愛い可愛い俺たちの息子。  そんな俺たちの息子だが、俺はほとほと困り果てていた。  友達の柚ちゃんに、彼女の家まで持っていくほど気に入っていたロボットの玩具を壊されてしまったらしく大泣きして止まない。家に連れて帰ってもずっと泣き通しだ。柚ちゃんのお母さんには頭を下げられっぱなしで申し訳なかった。  号泣といった感じで、仕方なく同じ玩具を買い与えてみたのだが効果が無い。 「こっれじゃなきゃ、ヤダああああっ! おんなじのがいい~!!」  駄々をこねられてしまった。  どう見ても同じなのに、晃は壊されてしまったものにあくまで固執する。  いいじゃないか。これだって同じだろうにと薄情な俺は思う。 「ふがっ、ぐずっ、んん。もういい、そうパパなんかしらない!」  そう言うと寝室の障子をぴしゃりと閉め切ろうとするが、立て付けが悪いのか途中で引っかかる障子に手間取る晃。様子を伺っていると、障子を閉めるのは諦めたのか、布団に潜ってしまう。こっそり足音を立てないように寝室へ向かえば泣き疲れて眠る我が子の姿が。大事そうに玩具を抱えて眠っている。  テーブルに戻ってきて椅子を引く。腕の上に顔を乗せながら一休みをすることにした。  それにしても疲れた。子供ってこんなに手のかかるものなのか。  子供は可愛い。独身時代からよその家の子に憧れはあった。いつか俺も自分の子供が欲しいとよく思ったものだ。  だがこうして自分の子供の世話に振り回されると考えを改めたくもなる。なんて面倒な生物なんだろうかと。  うつらうつらと舟を漕いで自分にも眠気がやってくる。まずい、まだ夕飯の支度をしていないのに。それでも眠気を払いきれず、そのまま眠ってしまった。 「ただいま~、奏いるかぁ」  玄関からの声で目が覚めた。時刻は夜の8時45分。晩御飯はまだ作られていない。俺は慌てて取り掛かる前に、正二を出迎えにいく。 「おかえり、正二」  俺が笑顔を向けてキスしようとすると、顔の前に手が出される。 「あー、そういうのはもういいだろう? 俺たちだって別に新婚ってわけじゃないんだしさ」  すげなく断られてしまいちょっとしたショックを受ける。確かに新婚ではない、ないのだが……。 「それより、飯は? 腹へって死にそうなんだけど」 「あ、ごめん。実は晩御飯はまだで」 「なんだって!? お前なぁ、俺がこんなにくたくたになるまで働いてたってのに何してたんだよ!」 「なにって……晃の世話してたら疲れて俺も寝ちゃって……それで……」 「寝てただ? お前ほんと……専業主夫の意味分かってるのかよ」  苛立った俺はつい疲れているであろう正二に剣呑に言葉を投げかけてしまう。 「ごめんって、でも俺の苦労だって少しぐらい分かってくれてもいいだろ!」 「俺だって仕事で疲れてるんだよ。子供の世話ぐらい楽なもんだろ? 仕事と違って誰がミスの責任取るわけでもないし」 「な、なんだよその言い方! 俺だって色々頑張ってなぁ……」 「はいはい、そんなのはいいから早く飯にしてくれよ。俺は先に風呂入ってくるからさ」 「そんなのって言い方はないだろう!?」  すると背後で何かが落ちる物音がする。振り返って見れば、枕を取り落とした晃がそこにいた。  ビクゥと肩が畏縮する程ほど大きく反応する晃。  すぐに晃の目の前に屈んで視線を合わせる。 「どうした……、眠れなかったのか?」  「ふ、うぁ、パパがこわい。ぐすっ、パパおこらないでっ」  枕をぎゅうっと抱きしめて大きな瞳から涙を零す晃。大粒の涙が床に落ちる。鼻を啜っているが、啜りきれず、ついには鼻水まで垂らしてしまう。  泣きたいのはこっちなのに……。 「ごめんな、晃大きな声出しちゃって」  よしよし、と抱きしめてあやすがいまいち効果が無い。泣きじゃくったままチラチラとこちらを見ている。不安そうな眼差しはすぐにでも泣き止んでほしくて堪らなくなる。 「おいおい、晃を泣かすなよ。ほ~ら、晃、こっちおいで!」  泣かすなって……なんでそんなことを正二が言うんだよ。  だが晃は俺の脇をすり抜けて声の主の方へと行ってしまう。 「うっ、ぐす。しょーじパパ、ねぇ、だっこ」  枕をずり落として、思いっきり手を広げておねだりする晃。 「晃は甘えん坊だなぁ」 『奏は甘えん坊だなぁ』  過去に正二と付き合っていた頃の会話が過ぎる。甘えたことなんていつが最後だったか。独身時代の彼との逢瀬が恋しくなる。いつだって正二は俺を甘やかして、それこそ溺愛してくれていたというのに。今では俺に厳しい目を向ける。 「今日は俺と寝よっか。奏はご機嫌ななめらしいからな」 「そうパパはななめなの??」 「そうだよ、ななめなんだよ。大丈夫、明日になったら元通りさ」  元通りだって? そんな保証がどこにあるんだよ。今すぐにでも家を出てしまいたい気分だった。そうすれば俺の頭も冷えて、正二も心配ぐらいはしてくれるだろうか、と、現実味の無いことを考える。  そのまま晃を連れて正二は風呂場へと向かう。いけない、俺も食事の支度をしなければ。今度こそ愛想を尽かされてしまう。  味付け用の素を振りかけて混ぜるだけで簡単に出来るチャーハンを作って夕飯にした。二人はほかほかとした状態で食事を済ませる。簡素な食事を終えると、晃が正二に今日あったことを熱心に報告している。途中で玩具の件になり、じゃあパパが直してやるよと正二が部屋に晃を連れて行く。彼は手先が器用だからその要領で、自室にあるプラモデルのように修繕するのだろう。俺は直すなんて考えもしなかったことを少し後悔していた。  二人が手を繋いで寝室へと向かう姿を見て、胸が痛くなる。  そういえば最近は互いの仕事をこなすだけで手一杯で、ろくな会話をしていないことに気づく。プライドの高い正二だから彼のほうから折れることはないだろう。だが、たまには俺も彼と昔のように喋りたいと思う。 「なぁやっぱり俺も一緒に……」 「悪いな。疲れてるんだ、話の続きは明日にしてくれ」  俺が向き合おうと思った矢先、すげなく断られてしまった。二人が寝室へ向かうのを見送る。なんとなく寂しい思いがした。俺だけがひとりぼっち。そんな馬鹿な考えを振り払うように、自分も寝室へと向かった。
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